« 2006年2月 | トップページ | 2006年4月 »

2006年3月

2006年3月30日 (木)

お持ちでしたらお譲りください

54  キャサリン・ダンの「異形の愛」という本があって、今は遠い、引っ越す以前の図書館で見つけた。ストーリーもいいけど、まず表紙がいかにもゴシックで、イケてた。(残念ながら画像がないのでコレは関係ない写真です←)

冒頭で、フリーク・ショーの団長である父が子供たちに向かって、思い出話をしていて、「ママがギークだった頃はな……」と語りだす。そのママというのは、生きたニワトリ(ガチョウか七面鳥だった気もする)の首を歯で噛み千切り、それを見世物にして稼いでいた。

フリーク・ショーとは、グロテスクなショーを見せる、サーカスか見世物小屋のようなものだ。昔のアメリカで大流行し、TV放送していた時代もある。後で調べたら、「事実は小説よりも奇なり」で、本当にこの本に出てきたようなシャム双生児や、もっとスゴい奇形スターがぞろぞろ実在した。

「自立」どころか大金を稼ぎ出す、誇り高く、野心家のフリーク芸人たち。そんなショーの世界で育った主人公の少女は、「見た目がグロければグロいほど良い」という逆説的な価値観を持ち、自分がたいした奇形でないことを気に病んで育つ。元ギークのママも、なんとかしてスゴい怪物のような子を産もうと、有害薬品を使って試行錯誤したあげく、しまいにはボロボロのヤク中ばあさんになってしまう。

何が良くて何が悪いのか、何が不幸で何が幸福なのか、読み始めた瞬間からすべてが曖昧になってゆく。そんなところが、よだれが出るほど好きだったこの本。もう一度読みたい。でも今住んでる地域の図書館にはないし、街の古本屋でも見かけたことがない。Amazonで探そうとしたら、ここにもない。絶版になったらしい。悲しい……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月26日 (日)

最終回なの?「CSIマイアミ」。

_008

「殺さなくても、この肝臓なら余命一年だったのに」

「それならその一年を奪ったやつを突き止めよう」

 大好きなTVシリーズ「CSIマイアミ科学捜査班」。いろんな意味でステキ。

ただ平日の昼の12:30~1:30にやっているので、あまり観るチャンスがなかった。木曜に久々に観たらば、「次回が最終回」と出てきた。かなしひ……。

前に同じ時間枠でやっていた「刑事ナッシュ」もたまに観てたけど、私はナッシュよりこっちの方が断然好きで、最新の科学捜査がアレコレ出てきて楽しかった。

現場の塵に指紋に弾痕、その他ちょっとした痕跡を徹底的に分析して事件の全容を明らかにしてゆく。捜査官が殺人の場面を推理する時、その再現映像がフラッシュバックみたいな感じで出てくる。銃弾が内臓をこんなふうに貫いたとか、被害者がゲボッと血を吐くところが、瞬間的にパッと映る。

こっちは時間帯からいってたいがいお食事中なので、遺体とか検死解剖とか、そのフラッシュバック映像なぞを見ながら食べている。どうしてまた、こんなものを観ながら食わなきゃならないんだと自分でも思う。でも、おもしろいから観る。特殊メイクが優秀で、遺体がちゃんと生々しいのも魅力の一つ。

主役のケイン捜査官には一発でめろめろになった。(吹き替えの声優の声がまた良い)。ハードボイルドにありがちなヘビースモーカー&ヘビードリンカーの「私生活はダルダル系」と違って、わりといつでもどこでもピシッとしていて隙がない。クールなキレ者なのだが、FBI頭脳系ともまた違った感じ。被害者がどんなしょうもないチンピラだろうが娼婦だろうが、「でも人間だろう」と平等で、ひたすら淡々と犯人を追い詰める。たまにあんまりカッコつけすぎてて脚本に呆れるが、それもまたご愛嬌。唯一の弱点が弟で、なんだか麻薬組織の囮捜査をやっていて死んだらしい。その謎もまだ解けてないのに最終回か……。

ちなみに彼に限らず、このマイアミ科学捜査班のメンバーはみんなストイックで有能な職業人に描かれている。検死官の黒人女性や鑑識のブロンド女など、女性陣もカッコイイ。汚職とは無縁そうな、研究者か職人気質風の人々だ。なんだか、マイアミのイメージがかなり変わった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月16日 (木)

やっぱり大好き。「エミリー」

_003_1 これを読むとどうしてこんなにホッとするんだ……。「エミリー・ザ・ストレンジ」。

私が持っているのは英語版の原書だが、日本語版はウタダヒカル(漢字がわからん)が訳したというので、とっても有名らしい。

キャラクター商品もいろいろあるけど、グッズはあまり持ちたくない。そういえばスヌーピーのキャラクター商品も、縁起が悪いから持ちたくない(マンガのスヌーピーは売れない作家という設定で、よく犬小屋の屋根の上にタイプライターを出して前足で打っている。出版社に原稿を送るが、いつもボツになって帰ってくる)。

 「エミリー」の魔力の源は何かと考えると、「スヌーピー」哲学に通じるものがあるような気もする……けど、なんともいえない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月12日 (日)

或る日のブランチ

Photo_3 ゆでたスナップエンドウと、切ったモツァレラチーズを皿に入れる。

エキストラ・ヴァージン・オリーヴオイルを全体に適量かける。

レモン汁をかける。

塩・コショウする。

軽くトーストした雑穀パンと、ミルクティーをそえる。

すべてが適量(ようするに適当なんだけども)。いいオリーヴオイルを使うのがポイント。めっちゃおいしいです!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月 9日 (木)

痛快、このブラックユーモア

_002 「ギャシュリークラムのちびっこたち」。私はエドワード・ゴーリーの絵本の中で、これがいちばん大好き。独特の絵と文章が、最高の相乗効果を上げているのがこの本だと思う。

Aのエイミーに始まり、Zのジラーまで、名前でアルファベット順に並べられた子供たちが、いろんな死にザマを見せてくれる。リズミカルで韻を踏んだ文章は、声に出して読むと楽しい(英語の原文だけではなく、日本語訳もちゃんと韻を踏んでいるのがすごい)。

「なんだか知らないが子供が次々死んでいく本」なわけだが、私は子供が嫌いではない。むしろ好きだ。ただ、子供だから(生きた年数が少ないから)どうだとは思わない。長くても短くても、人生は人生だろう。6年生きた人間の中には、6年分の喜びと悲しみと大発見が詰まっているだろう。逆に何十年生きようが、目的もなくだらだら無益に過ごすヤツだっているだろう。本当に100年生きて死んだら「立派」で、6歳の子が死んだら「悲惨」なのだろうか? 私には、自分の過ごした何十年かが、その子の過ごした6年間より立派だと言い切ることはできない。

ともかく私はこれを「26通りの人生を生きたであろう人間が、それぞれ26通りの死に方を見せてくれる本」と思っている。死に方がそれぞれ、ふるっている。たとえば「絨毯のしたじき」もイキだが、「アルカリ誤飲」もなかなかステキだ。ふらっとバーに来たら「けんかの巻き添え」なんていうのもむなしくて良い。ちょっと憧れてしまうような、おもしろい死に方のオン・パレード。私は個性的な生き方に惹かれるが、個性的な幕引きにも同じように魅力を感じる。

残酷?かわいそう?この妙味がわからない人こそ、かわいそうだろう。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2006年3月 5日 (日)

コレは何だ!シリーズ2「青い海」

_005_2  近所で買ったチョコレート。ダークロマンチックな瓶が良い。

 ラベルは一見「毒」という字のようだが、よく見ると小さく月やさんずいが書き足してあって、「青い海」と読める。下の方にはなぜか英語で「the blue sea」とあり、上の方には、

      青い海ほど 危険だよ……

 という、警句のようなコピーがついている。なんだかよくわからない。わからないのだが、人生の真実を表現した言葉のような気もする。 

 「青い」といえば、「隣の芝生は青く見える」という言葉もあるし、そう考えると「綺麗なバラにはトゲがある」に類する言葉として、認定できなくもない。今はゴージャスなバラより、癒し系だの爽やかだのがもてはやされる時代なので、「人が飛びつくもの=青い海」でいいのかもしれない。

 中には、色とりどりの小さなツブツブが入っている。毒なだけにおいしくはない。でもおもしろい。「毒薬瓶チョコ/青い海」(¥315)……。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月 4日 (土)

「バービー・クロニクル」を読んで思い出に浸ろう

415208318209tzzzzzzz1 この「バービー・クロニクル」というのは、アメリカのジャーナリストや作家や、とにかく大の大人の女たちが「バービー人形とはなんぞや」ということを真剣に論じた本だ。あんまりおもしろくて、息もつかずに読んでしまった。

日本では「ジェニーちゃん」の方が有名で、ウチにも二体のジェニーがいた。もちろん、年に一度しか登場しない上に気軽にさわれない雛人形なんぞよりも数倍身近な存在だった。(最近知ったが、雛人形とは結婚式の模様を表現したものだという。女の幸せ=結婚、という封建的思想を感じさせるのもイヤだが、誰をどこに置くべし、と配置が決まっているのも堅苦しくてイヤだ。これにひきかえ、ジェニーのなんと自由なことだろう。ジェフ君と同棲もよし、一人で贅沢に暮らさせるもよし、お友達人形を集めてキャンプ生活させるもよし。職業はなんでもアリで、規則はない)。

しかし本家アメリカでは、バービーが異常にスリムで脚長の体型をしているところから、「少女たちに非現実的なモデルを提示して自己否定の感情を引き起こし、ひいては過激なダイエットや拒食症の一因となる」など、昔からいろいろ批判の声があるようだ。

こういうことはジェニーにもあてはまる。ただ、私にとってジェニーは自分の分身ではなく、なにかペットのように世話する存在だった。彼女は長いブロンドやおメメぱっちりの顔を誇ってはいなかった。服よりも、もっぱら家具をそろえることに専心していた私に異議を唱えもしなかった。ミニチュアのティーセットでお茶を飲み、アンティーク風に作ってやった部屋の中でじっと物思いにふけりながら、私の帰りを待っていた。彼女は極上の女だった。それでいて人懐っこく、友達の家で開催されるファッションショーでは気軽にモデルを務めてくれた。

そうだ。私も妻という名の贅沢品を持っていた時代があったのだ――ただし大人ではなく子供の頃に。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年2月 | トップページ | 2006年4月 »