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2006年4月15日 (土)

「大人の泣き方」考察②

Grass メガネについて

 たいして涙が出てもないのに、都合が悪くなるとソッコーでメガネを外し、「泣いちゃうぞ」というジェスチャーで相手にプレッシャーをかける。私の祖母は、こういうイヤラシイ技の達人であった。さらにハンカチで目元を押さえ、「こんな年寄りに……」などと呟けば、もはや向かうところ敵なし、誰も彼女に逆らえる者はない。

 これが母ともなると、あっけらかんとして中性的な現代人である。だから泣いたとしても、弱者の立場を逆手に取るような「女の妖術」を持っていない。祖母だけが、ちょっとした仕草や声で相手に強烈な罪悪感を植えつける術を知っている。こんなことができるのは、「女である自分」は「絶対的に守られるべき存在」という図式が血の中に染みこんだ、実際そのようにして徹底的に甘やかされた経験を持つ者だけだろう。また、頭で計算してやるものではないから、私がいくら「技を盗んでやれ」と思ったところで、とても太刀打ちできるものではない。なんせ「泣けば済むとでも思っとるのか!」と怒鳴られて育った人間と、100回中100回泣いて許されてきた祖母とでは、刃物に触ることさえ禁じられた少年と、5歳の頃から剣を持たされ15で二刀流を操る天才剣士くらいの違いがあるのだ。

 こんなおそろしい祖母がいたので、私は「メガネの人の涙恐怖症」になってしまった。

それはともかく、メガネの人は、裸眼の人と違って「メガネを外す」という行為自体に主張があるのは確かだろう。それが押し付けがましく見えもすれば、「かわいい」などという人もいるわけだ。私は、個人的にサングラスの下から流れ落ちる涙、というのが好きで、だからメガネも最後まで外さない方が美しいと思っている。

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コメント

写真、服のボアが髪の毛に見えてしまった……。(一瞬、肌が紫色の人かと……)

投稿: み | 2006年5月 2日 (火) 20時20分

一瞬といわず、ずっと頭に見えてて欲しかったんだけどな。(ちなみに服ではなく手袋でした)

投稿: 小宮 | 2006年5月 6日 (土) 22時42分

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