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2006年7月

2006年7月31日 (月)

暑くなると考えることシリーズ③リジー・ボーデン手斧殺人事件

_001_2  8月4日は何の日か知っていますか?

 私にとっては重要な日。なぜならリジー・ボーデン事件が起きた日だから!

それは1892年、マサチューセッツ州のフォール・リバーという町で起きた未解決の事件。

そのときフォール・リバーは熱波にみまわれていた。連日40度前後の猛暑が続いたという。

そんな暑い暑い8月4日木曜日、ボーデン夫妻が、自宅で何者かに惨殺された。頭に十数回も刃物を喰らい、発見されたときは血まみれだった。凶器とみられるのは、地下室にあった折れた手斧。そして、容疑者としてあげられたのはボーデン家の三女、リジーだった。

ボーデン氏は葬儀屋業で成功した資産家で、リジーは彼の前妻の娘。殺されたボーデン夫人は後妻で、娘たちにとっては継母にあたる。

リジーは事件当時32歳、無職で独身。最初私は、結婚もせず特に仕事もしていないことから、「ちょっと変わった人だったのかな」と思ったが、そうではない。当時の中~上流階級の女性は、基本的に働かなかった。女性の活躍の場もなかったのだろう。それに、独身だからといって、調子にのって男友達と遊んだりすると悪い評判がたつ。また、結婚したとしても、メイドを雇えるご身分なので、ヒマな状況に大差はないと思われる。

では毎日何をしているのかといったら、教会関係のボランティアをしたり、女友達を訪問して過ごしていたようだ。

リジーもボランティア熱心で、日曜学校で英語教師をしている。事件の2年前には友人とヨーロッパ旅行に出かけた。事件の直前には姉と二人で友人宅に滞在していて、一足先に自分だけ帰宅している。

当時、このように暮らす独身女性はたくさんいた。リジーも、その中の一人でしかなかった。

地味で平凡な女性ということの他に、リジーが当時32歳という、この年齢も謎だ。

私も14かそこらの時なら、斧で親の頭をぶった切ろうと思った(こういう葛藤を経ることなく成長した人間というものが、私には理解できない。ところが私の周囲には、よほど満ち足りていたのか何なのか、そんなことは欠片も思わなかったという人が多い)。

十代、もしかすると二十代前半くらいまでは、魔性の年齢だ。衝動的に何かをやってしまう。その頃は、あたかも強烈な太陽に照らされたように、すべての感情が原色だった。愛するのも憎むのも全身全霊で、命がけだった。人を殺すくらいなんでもなかった。そういう狂気の時代があった。

しかし、いくらなんでも30を過ぎてまで斧で家族を叩き切ろうとは、私なら考えない。ひとつには、家族を嫌っていたとしても、大人になれば家を離れるという選択ができるからだ。

32で殺すくらいなら、なぜもっと前にやらなかったのだろう?

静かな憎しみが32年かかってじわじわと降り積もり、ある日突然、爆発したのだろうか?

リジーはいったん逮捕され裁判にかけられるが、証拠不十分で釈放された。

事件前は、極端にケチな父に、質素な生活を強いられていた。しかし事件後、彼女の生活は一転してゴージャスになる。

多額の遺産を受け継いだリジーは豪邸に引越した。そこで読書三昧にペットの飼育(死後は、遺言により動物保護協会に多額の寄付を贈っている)。そして豪華な旅行、美術館めぐりに劇場通い。お気に入りの女優や劇団員を招いてパーティ。若者に学資の援助もした。

まさに「私が金持ちだったらこういう生活をしたいわ」という、バラ色の人生なのだ。

妙にきこえるかもしれないが、私はリジーのこういう、いっそ小気味いい背徳ぶりが好きだ。「やっちゃったもんはしょうがないだろう」と思ったのか何なのか、とにかく罪を悔やんで苦しみ続けるような神経は持ち合わせていなかったらしい。彼女は、昔の王族かマフィアのような、冷徹な合理性を持っていたのだ。

私がこの事件を最初に知ったのは、アンジェラ・カーターの短編を読んだからだ。他にもこの事件をモチーフにした小説作品は色々あるらしい。

ノンフィクションとしては、「リジー・ボーデン事件の真相(仁賀克雄)」という本に、事件の詳しい経緯や裁判の模様などが書かれている。これを読むと、リジーの事件前後の行動は、かなりあやしい。それに、他に有力な容疑者も出ていない。

私がいちばんすごいと思うのは、ボーデン夫人が殺害された直後(と思われる時刻)の出来事だ。リジーは階段の上に立って、なぜか声をたてて笑っていたという(メイドの証言)。

彼女が犯人だとしたら、継母を斧でめった打ちにして、そのあと素早く返り血を洗い服を着替え、ケラケラ笑っていたことになる。

ただ、当時の鑑定技術の限界もあって、本当にリジーが犯人かどうかは、結局わかっていない。

リジーは無実だという主張を変えないまま、67歳で死んだ。もし私が彼女なら、死ぬ前に事件の真相をすべて書き記し、「死んだら新聞社に送ってくれ」とかなんとか、遺言に書いておく。あれだけ世間を騒がせたのに、サービス精神のない人である。

それとも、本当に暑さで一時的に頭がおかしくなって、後で何もかも忘れてしまったのだろうか?

人は、リジーが熱波のせいでイカれたのだという。

確かにこの事件は恐ろしい。

しかし、たとえ事件が起きなかったとしても、リジーの人生は悲しくも恐ろしい。愛のない家の中で籠の鳥となって終わるか、刑務所で終わるか、一か八かの大ばくちをやって、たまたま無罪放免になったのだとしたら。

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2006年7月24日 (月)

暑くなると考えることシリーズ②

Photo_12  ←自分で作った入浴剤(中身は……重曹など)

 暑くなると考えること。それは、「夜の香り」って何!?

甘ーいオリエンタル系の香りが好きな私。

私が好きになる香水は、雑誌やカタログの紹介では、必ずといっていいほど「夜用」または「秋冬向き」と書かれている。そして「特別な日のために」「誘惑」「挑発的」といった言葉が続く。

そこでいつも、「夜の香りっていったい何? 昼に使っちゃいけないの?」という疑問が浮かぶ。さらに気になるのは「秋冬向き」という言葉で、これまた「夏に使っちゃいけないの?」という疑問がわいてくる。

そうして、毎年夏になると「昼間の香り」または「夏の香り」を求めて、売り場のサンプルからサンプルへとさまよう。

ところがどういうわけか、「夏向き」とうたわれた商品はことごとく性に合わない。「爽やか」「健康的」「透明感のある……」などの宣伝文句がついたものは、たいがい苦手。フレッシュも、フルーティ・フローラルも、グリーンも、シプレ系もダメ(もちろん、自分が使いたくないというだけで、他人が使っている分にはまったくかまわない。似合うもんは人それぞれだし)。

というわけで、私はもう、夜か昼かも、季節も、あまり気にしないことにした。好きなものは一年中好きだし、苦手なものはしょうがないではないか。いいの。心はいつも真冬の夜の星座だから。(←?)

ところで最近、毎晩のように香水風呂に入る。どうしてかというと、去年やおととしの夏に、お買い得だから買ってみたものの「やっぱりしっくりこない……」と放置してしまった夏向きのフレグランスが余っていたから。

しまっておいても品質が劣化するだけなので、「ええい、風呂に入れてしまえ」とやってみたらば、普通に使ったときとはまた別の香りがして楽しかった。

自分の肌につけるとイマイチなのに、お湯に入れるとすごーくいい香りがしたりする。不思議だ……。

しかしウチの周辺は木が多い上に、風呂場の窓に網戸がない(網戸をつけられない変な構造になっている)。だから虫が来る。蚊やアメンボ(?)は常連。ダンゴムシ、ムカデ、ナメクジもよくおでましになる。

特にフルーツ系の香水入りのお湯を、翌日まで浴槽に溜めたままにしておくと、なんとなく飛行系の虫が増える。そんな時は、シダーウッドや白檀が含まれた香水の風呂にすると、再び虫の数が落ち着きます(もちろん、いなくなるわけではない)。

最後は電気を消して蝋燭ランプを持ち込み、「ここは秘境の密林リゾートなの。だから虫がいるのよ」と、想像の力でムリヤリ自分を納得させるしかない。

そう、お風呂は、きっと想像力豊かになれる場所なのだ。特に、否応なく虫たちとの触れ合いの場となる季節には……。

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2006年7月16日 (日)

暑くなると考えることシリーズ①

Photo_10  毎年、暑くなると考えること……それは、残酷さと意地悪の違い。

私は残酷な事や、残酷な話が好きだ。しかし、意地悪な人は嫌いだ。

「残酷」という性質には、どこか純粋さが漂う。たとえば、「子供の残酷さ」という。「無邪気な残酷さ」という言葉もある。

「残酷」は、神聖さや、高貴な香りすらまとっている。マリー・アントワネットは「パンがないならお菓子でも食べれば?」と言ったという。別に王妃ほどの大物でなくとも、当時の貴族は今の常識では考えられないほど残酷だっただろう。

悲劇的な運命にあった人は「神様は残酷だ」「人生は残酷だ」という。そこには「人知を超えたもの」「なんだかわからないけど恐ろしいもの」というニュアンスがある。

しかし、「意地悪」には純真さのかけらもないし、もちろん無邪気でもない。そして、なんとなくセコい。意地悪は、極端に保身を気にしたり、つまらないことで嫉妬したり、ようするに臆病なところから発している。

「意地悪な人」というのは、「残酷な人」に比べると、意思の力も覚悟も格段に劣る気がする。ちょっと責められると、さっさと前言をひるがえしそうな感じがある。主義も哲学もなんにもなくて、ただ目先の利益だけを考えていそうな、ちょっと軽薄な感じがする。「意地悪」は、より庶民的。小市民的だ。

意地悪であるということは、残酷であるよりもずっと人との関わりを必要とする。残酷は一人でもなりたつが、意地悪は相手がいなければなりたたない。地球最後の人間になってしまったら、意地悪も何もない。しかし、地球最後の人間になったのに、悲しみもせず、懐かしく想う人もおらず、「べつにいいや」と思うなら、それはもはや意地悪を通り越して「残酷」といえる。

そんなわけで、意地悪はカッコ悪い。

そこで、「どうも私は最近、意地悪になってきたらしい」という人は、これでもかというほど残虐映画を観たらどうだろう。本物の、壮絶な残酷さに触れれば、自分のちっちゃな意地悪なんかはバカバカしくなってくること請け合いです。

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2006年7月10日 (月)

「こんにちはマドモアゼル」内藤ルネ著

_001  図書館で発見した不思議な本。1959年に出た本の復刻版で、ティーン向けファッション記事がでている。メンズ・レディースといったぐあいに分かれておらず、少年と少女のファッションが同列に、対のような形で扱われている。小物や雑貨、人形の作り方まで書いてある。海外の古典ロマンスを訳した短編小説も載っている。

作者の内藤ルネ(当時26才)が、文章も撮影もイラストもほとんど全部自分でやったというからすごい。そしてモデルの若い男が編集も兼ねているという。どうしてそうなったのか、人手がなかったのか資金がなかったのかはわからない(単に個人的に親しかったからかもしれない。べつにファッション記事を書くからおネエだと決め付けるわけじゃないんだけど)。

もちろん50年代のファッションだけあって、「何だこりゃあ!」という妙なのも多い。しかし、物も情報も乏しい中で、めいっぱい楽しもうというクリエイティヴなパワーがある。とにかく自分で作ること、アレンジすることを提案している。

たとえば、

欲しくてたまらなかつたけれどあまり高価なので買えない――といつたプリントをやつとホンの1mほどでも買つた時の嬉しさ!

 といって、花柄のちっちゃなプリント布地を、洋服と組み合わせていろんな使い方をした写真が出ている。こんなところは、ちょっと泣けてしまう(そんなに生地が不足していたのか……)。

そして感動したのは、オペラ・ピンク(濃いピンク)に関する記述。

 パリのデザイナー、スキャパレリイ女史が発見して、この色をショッキング・ピンクと呼んで愛していることは有名です。それまでには考えられなかった濃い目の鮮やかなこのピンクは、赤が持っていた絶対的な華やかさを上まわる魅力を持っていると云えます。

 そうなの、そうなのよ! 濃いピンクってホント素敵。この内藤ルネという人はきっと大物だ。「オペラ・ピンクは王女様の色」と賛美を惜しまない。

 というのは、私は濃淡を問わずピンク好きだが、ある時、妙な本を見つけた。(あんまり腹が立ったので題名は忘れたが)色彩心理学をうたい、「この色を好んで着る女はこういう性格だ」ということが書いてある。その中で、濃いピンクを愛する女の人格がこき下ろされていた。いったい何の恨みがあるんだ、というくらいひどい言われようだった。しかも同じピンクなのに、薄ピンク好きの女だけが聖母マリアのごとく持ち上げられていて、不公平きわまりない。

 昔なら「女は慎ましくあれ。派手な色を着るもんじゃない」と、うるさい道徳おじさんみたいのが言っていたのだろう。しかし今時そんなことを言っても笑われるだけだから、色彩心理学という形をかりて逆襲したのかもしれない。

 この色彩ファシズム本が出たのは、多分80年代か90年代。そう考えると、50年代に生きていたこの内藤ルネという人がどんなに進歩的なセンスの持ち主で、人間としても度量の広い人かよくわかる。

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2006年7月 3日 (月)

チューブトップを穿いてカルティエ現代アートを観る

489692215801_ou09_pe0_scmzzzzzzz_1「お金をかけずに美しくなる秘訣(ダイアン・アイアンズ著)」という本を持っている。その中の「低予算でセクシーな装いに」という項目に、便利なアイテムとしてチューブトップが挙げられていた。なんでも、チューブトップはスカートとして使うこともできるから、一石二鳥でお買い得なのだという。

 というわけで、昔買った黒い編み上げつきのチューブトップを取り出して、はいてみた。おお、はける。マイクロミニスカートだ! 外は曇り空だけど、これで気分は陽気なイタリア人!(聞いた話によると、イタリア女性は年齢や職業や体型に関係なく、みんな堂々と超ミニをはくという)。

ただしこれで外に出ると、紳士方が、老いも若きもサッと目をそらす。怖がらないでください。ただのセニョリータです。

(話はそれるが、ブログによくH系サイトのトラックバックがついてくる。そいうものを作ってる人も、実は街で会ったらコソッと目をそらすのではないか。いっそイタリア人みたいに、ミニスカートの人の後ろから口笛でも吹いたらどうだろう。「よう、ネエちゃん」とでも叫んだらどうだろう。そんな度胸もないくせに、嘘八百を並べたHサイトなんかを作って宣伝してる人は陰湿だ。軽蔑する)。

 さて、イタリア人気分で出かけたのは、東京都現代美術館。今日が最終日の「カルティエ現代美術財団コレクション展」を観に。(そういえば最近、いつも展示期間の終了間近に滑り込んでいる)。

 思わず笑ってしまうような不思議で楽しい現代アートの数々。やっぱり遊び心って、イイなあ。

私の一番のお気に入りは、「赤剥けの壁」(アドリアナ・ヴァレジョン作)。清潔なタイルの壁の中に、真っ赤な内臓が詰まっている。なんとなく、ポーの「黒猫」のラストシーンを思い出す。

今回の展覧会で印象的だったのは、客層が若かったこと。それも美術学生風の、個性的なファッションの人が多かった。

行列しなければならない場面が多かったが、行き交う人の、高価ではないが工夫を凝らした多国籍な感じのお洋服を眺めて暇をつぶせる。

単独の男女も多い。知ったかぶりの注釈を述べるオッサンがいない。周囲から漏れ聞こえる感想は、なぜか、どれも素直で好奇心いっぱいの感嘆の声ばかり。

ああ、ここはどこ? まるで、どこかのゴキゲンな常夏の島にでも迷い込んだかのよう。

だから、混んではいても、「お仲間がいっぱい」という感じで落ち着ける。

ということは逆に、「混んでて疲れる」時というのは、人数云々というより「あまりに異質な他人の群れに囲まれている時」なのだろうか? もしくは「ヤな感じの群集に囲まれている時」かもしれない。

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