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2006年11月19日 (日)

紫のきみ

Parple  私がよく利用するC駅で以前よく見かけた、紫の髪をした女性を、最近見かけなくなった。

あの人はたぶん、バイトが終わる時間が、私と同じだったのだ。それとも日暮れからのお仕事だったのだろうか? 私がどこにも寄り道しないでC駅に戻ってくる時、あの人もC駅に向かって歩いてきて、電車に乗る。

私は彼女を見るのが楽しみだった。ああ、あの腰まである長いまっすぐな美しい髪、ファンタスティックな、グラスに注がれたワインそっくりの色に染められた髪! どうしたらあんな絶妙なワイン色になるのかわからない。一度脱色したにしてはつやつやサラサラだし、色も濃くて深みがある。

やや小粒の華奢な女性で、どこかヨーロッパ風の愛らしい顔立ちは、妖精のよう、という表現がぴったりだ。唯一の欠点といえば、眉毛がぜんぜん無いことくらいである。私は、よけいなお世話だが、「眉毛も紫で描いておけばいいのに」と思ってしまう。しかしどうも彼女は、髪の毛にはこだわりがあるくせに、眉毛なんかはどうでもいいらしくて、とにかく描いていない。そもそもメイク自体していないのかもしれないが、それにしては、やけに白くて均一な肌をしている。不透明で、不思議に人工的な白さだ。

服装がまたおしゃれで、いつも細身のジーンズに、フォークロアやエスニック調の、ひらひらしたトップスを合わせていた。それも、髪の毛とのマッチングを考えてか、たいがい紫がかった柄のものを着ている。あの上から裏がふわふわのムートンのコートなんかを羽織ったらさぞすてきだろう――と勝手に想像していたので、寒くなった今の季節に彼女の姿が消えて、悲しい。

この女性、服装や体型やかわいい横顔から、てっきり年下かと思っていた。ところがある日、真正面から間近に顔を見てしまい、それほど若くないのを知った。30代の後半くらいのようだった。

そうなると、なおさらミステリアスである。どうしてあんな髪をしているのだろう? どうやってあの少女のような体型を保ち、ファッションも個性的にキメているのだろう?

女友達はよく「ずっと綺麗でいたいわ」と言うが、それは多分、口にするほど簡単なことではない。多くの人にとって、髪型や服にこだわるのは、若い時期の一過性の症状で終わる。ファッションへの情熱やエネルギーを、何年も、何十年も保ち続けるのは難しい。

年をとっても凝った若作りのおしゃれをしている人には、若い頃に何らかの事情で地味な生活を余儀なくされていたような、悲しい過去があったりする。昔できなかったから今やってやる、というわけだ。そんな人の服からは、話をきく前から「あたしの青春を返してくれ!」という無言の叫びが聞えてきて、見ているこっちの脳髄がキリキリ痛くなってくる。

でも、あの紫の髪の人からは、そんな怨讐の叫びは聞えない。その点で、かなり成功した例だ。派手で個性的ながら下品ではなく、髪も服装も自然に身についている。でも、それでもやはり、彼女は遅咲きの人なのかもしれない、と私の頭の一部がささやく。だとしたら、どんな遅咲き事情があったのだろう、と思いをはせる。

私の勝手な予想は、「病身による遅咲き」。しかしそうなると、なおさら姿が見えないことが気にかかる。

いや、もしかすると彼女は人間のふりをした宇宙人で、ただかぐや姫のように、自分の星に帰っただけかもしれない。

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