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2006年12月 3日 (日)

無敵の毛皮

Elze  親が新しい本棚を買ったので、整理しているうち骨董品の中から出てきた。「令嬢エルゼ」シュニツラー著。

 昭和32年発行の角川文庫で、ウィーンのシュニツラーという人が1924年に発表した小説。すごい古い薄い文庫本で、黄ばんでボロボロ。昔の文庫本は、どうしてクッキングペーパーみたいなセロファンみたいなカバーがかかっているんだろう?(そしてお値段40円……)。

 内容も不思議な話で、主人公エルゼが19歳の美人の令嬢で、貴族向けの古風なホテルに滞在している……などの設定を考えると、ゴシック小説のようにも思える。でも幽霊などが出るわけではなく、ただ主人公が遭遇した一つの出来事が、延々と続くモノローグの形で綴られている。

 あらすじは、エルゼの父は弁護士だが、賭博で借金を作り、大急ぎで金を用意しなければ刑務所に入れられるかもしれないということになった。遊ぼうと思ってホテルに来たら、母親からそういう手紙が来た。そして、同じホテルに父の友達が泊まっているはずだから、彼に融資を頼んでくれ、という。

 さてエルゼがその父の友達だというおじさんに、事情を話してお願いした。するとそのおじさん、「あなたの父に金を送ってやってもいいが、そのかわり15分間全裸で自分の前に立ってくれ」と言い出した。

 困ったエルゼ、あれこれ考えるのだが、最後に奇妙でブッ飛んだ解決策を考え出す。解決策というと語弊があるのだが、とにかく一つの行動を起こす。それは、素肌の上に毛皮のコートだけ着て、音楽室に入り、いきなり大勢の前で脱ぐという奇行。

 もちろん、その部屋には件のおじさんも居る。しかしそのおじさんは最初に「これは2人だけの秘密だ」と言っているのだから「個人的にこっそり拝観させていただく」ということを想定していたはずだ。にもかかわらずエルゼは秘密を公にし、白日の下に晒してしまう。そこに至る思考過程が細かく書かれている。

 こんなに細かく書かれていても、大人の意識しか持っていない人には「常識を失った」とか「パニック状態」というふうに受け取れるのかもしれない。たとえば「結局のところ、他の男も同じことを望んでいる。彼1人に見せ、彼1人が金を払うのでは不公平だから、公平にみんなに見せてやろう。そして、それぞれが自分の経済状況に応じて私に献金してくれればよい」と考えるようなところは、「理論の飛躍」と見えるのかもしれない。

 ただ私には、彼女の選択が、彼女なりにちゃんと筋の通ったものだということがすごくよくわかる気がする。エルゼは降ってわいた状況を自分なりに消化吸収し、もっと推し進めて、よりスリリングなドラマへと発展させてしまう。

 「自分の中に取り込み、自分の意識のフィルターを通して書き換える」という作業をやると、「私の作品」「MYストーリー」ができあがる。これがアートなのだが、彼女の場合は、実際に行動に出してしまった。歩くアートになってしまった。歩くアートというのは、ある意味道化だ。でも彼女は、自分の美しさにものすごく自信がある。彼女にとって裸体は恥ずべきものではないし、単純な、表面的な羞恥なんかあっさり飛び越す。毛皮のコートも持っている(フェイクファーでは場末の雰囲気になってしまってちょっと絵にならない)。美貌と本物の毛皮があればもう無敵、怖いものなしだ。

 それで私はこの物語のポイントは「毛皮のコート」だと思っていたのだが、実は「外套」としか書いていなくて、どんな毛皮なのか、もしくはどこに毛皮がついているのかすら定かではない(裏側なのか、表面なのか、ポイント使いなのか?)。ということで、「表面すべてが金茶色の毛皮でできたコートを着たエルゼ」というのは、私が勝手に想像した映像だったらしい。

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