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2007年1月21日 (日)

「エラゴン」の奇妙さ

Eragon 「エラゴン」観た。モンスター大好きな私。ドラゴンCGは期待通りのすばらしさで満足でした(特に赤ちゃんドラゴンがかわいい)。

 ところで、私はファンタジー自体は好きなのだが、ファンタジーにありがちな「選ばれし者」「定められた運命」という発想に、どうしてもなじめない。私自身、子供の頃から「選ばれし者」と感じたことが一度もないからかもしれない。

 たとえば、ドラゴン・ライダーになりたがっている若者が何千万と存在し、熾烈な争いを繰り広げている(もちろんコネや賄賂も動く)。選抜試験のようなもので数人が選ばれるが、その前にまずドラゴン塾の費用や受験料も必要である。2次試験や3次試験もある。さて合格すると今度はおそるべき特訓が待っていて、そこからまたふるい落とされ……という状況ならば理解できる。私が知っている世界とはそういうものだ。

だから「ドラゴン・ライダー全盛の時代はいったん終わりました」となっていて、それから「たまたまドラゴンの卵を拾い、なんだか知らないがそのドラゴンに選ばれてライダーになりました。ぼくはどうやら生まれつき英雄になる運命だったみたいです。以上」とやられると、とてつもない違和感があってシラけてしまう。

 いつからそうなったか、というと中学生くらいからシラけ始めた気がする。

ただ妙なことに、私は「生贄として選ばれた」とか「呪われた」「悪魔や悪霊に、憑依の対象として選ばれた」というような、そういうネガティヴな意味での「選ばれし者」ならばいつの頃でもまったく違和感がなかったし、今も大好きなのだ。

よく考えれば、ポジティヴな意味だろうとネガティヴな意味だろうと、選ばれる確率としたら同じようなものである。たとえファンタジー世界といえど、山ほどいる人間の中から「こいつにとり憑こう」と悪魔に選ばれたとしたら、それはすごいことだ。普通に生活していたのに、ちょっとしたきっかけで殺人鬼に「よっしゃ、次はこいつだ」と選ばれたらすごいことだ。そんな不運な人間はそうそういるもんではない。まさに「実は私は~国の王女でした」というのと同じくらい希少な「選ばれし者」だ。

つまり私なんかはラッキーな意味でもアンラッキーな意味でも、一生「選ばれし者」になることはないはずなのだ。ところがなぜか、被虐的な意味で「選ばれた」人の方が身近に感じられる。みんなが平和にぬくぬくと暮らしている中で、なぜか主人公(もしくはその周辺)だけが呪われ、命を狙われ、襲われてひどい目にあう。それでも恐怖と闘い、絶望的な場所から這い上がり、生き延びようとする。そういう話ならすんなり頭に入ってくる。(しょせん好みの問題なのか?)

話はそれるが、ハリー・ポッターも選ばれし者だが、彼の場合は家庭があんまり不幸なので、「ちょっとはイイ思いでもしないと気の毒だろう」という前置きがある。エラゴンも、家庭環境は多少ハリーと共通する(母がいなくておじさんと暮らしている)ものの、おじさんも従兄も親切で、仲良くやっている。

ハリー・ポッターは、幸福レベルが平均よりもかなり下の人といえる。それが、中間地帯をポーンと飛び越え、にわかに重用人物になり、注目の的へと飛躍をとげる。一発逆転というか下克上というか、シンデレラの図式だ。たぶんある人は、特に女性は「幸福レベルが平均以下→平均地帯をすっとばす→平均をはるかに超える力や幸福を得る」という図式が好きなんだと思う。そこまでドラマチックに飛躍してくれないと満足できない。

ところが中には「平均的な人→ヒーロー」という程度の移動で満足できてしまう人もいるようだ。こういう人はエラゴンとか、「スターウォーズ」のルーク程度のキャラクターで満足なんだろう。(そういえばルークも最初おじさんと暮らしているが、べつにいじめられているわけではなく、ただ進路として「農夫になるのはイヤだ」と言っている)。

エラゴンが選ばれたのは「勇敢だから」ということになっているが、現実問題として、いくら人格者でも高所恐怖症だったらダメである。ドラゴンに急降下や螺旋飛行をやられて吐いてもだめだし、気圧の変化や酸欠で気分が悪くなるようでもだめだ。飛んでいるドラゴンの鞍の上で立ち上がる、という曲芸のようなことまでしなければならない。

 ということで、「天性の運動神経ゆえに選ばれました」「しょせん凡人とは身体のデキが違うんですよ」と、そのへんを強調してくれた方がよっぽどスッキリするんだけどな。

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コメント

こんにちわ 妖魔さん、なぜ今日なの?

今日、めぐり合えたのは、なぜ?
妖魔さんの疑問はそのような感じですねえ。
さらに申し上げれば、この世界に人間として
生まれてくる確率が、そもそも稀有なことなのだと
仏教では申しております。
この地球上の生命体をおもえば、全くその通りです。

あなたの感覚が正しいと思います。
あなたの洞察力がそう感じさせるのだと思います。
だって生きるのは大変ですもの。
わたくしが現在一人ぼっちだから、
そんなことではありませんのよ。

プロセスです。今日に至るプロセスのこと・・・
でも今日あなたのブログにめぐり合ってシアワセ、
それでよしとするべきかしら。

投稿: ゴーティエ | 2007年1月22日 (月) 12時21分

ゴーティエ様
コメントありがとうございます!

そうですね、物事のプロセスを描くことが
人を納得させるうえで
重要なのかもしれないですね。

2時間足らずの映画の中では
細かいプロセスまで表現するのは難しいんだろうな、
ということはわかってるんですけど……

私はドラゴンに乗ろうとしたことはないですが、
イルカに乗ろうとしたことならあるので、色々思いますよ
(イルカの卵を拾ってきた人がイルカに乗ってるわけじゃ
ないんですもの^^)

投稿: 小宮 | 2007年1月25日 (木) 20時59分

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