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2007年2月

2007年2月25日 (日)

買っちゃいました

070225_2156001  買っちゃいました。

「ダークエンジェル」ファーストシーズンのDVD1~11。近所のTUTAYAで半額。しかしⅡが売り切れていた(涙)。

久々に耳にする「マンティコア」「ジャンポニー配送」など懐かしい単語の数々。これからしばらく、またダークエンジェル語が頭をグルグルしてそうだ……。

 私は初めてDVDを買った。レンタル屋に行けばいつでも借りられるのだから、べつに買わなくてもいいのだが、「ダークエンジェル」はどうしても欲しかった。買って持っているのと、借りて観るのとでは、やはり心情的にぜんぜん違う。いってみれば、愛する人にお金を払って期限付きで来てもらうか、あるいは永遠に自分のそばにいてもらえるかというくらい違うのだ。

 愛しのマックス、永遠の思い出のマックス、私の中では、今のところどんな男も女もかなわないほど好き。と言いつつ、オリジナル・シンディも好き。しかし今になって一番最初から観直してみたら、マックス役のジェシカ・アルバが当時ものすごく若くて、身体は立派なんだけれども、顔は子供みたいなのだ(その分私が年をとったのか……。ところで私は神田うのがなんとなく好きなのだが、そういえば神田うのに似ている)。これもかわいくていいんだけども、Ⅱの大人びた顔はもっと好きだ。ああ、Ⅱも欲しい。

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2007年2月18日 (日)

紙コップは人類の虚無を加速させるのか

Jpg  売り切れかけているのを見て、思わず買ってしまった。Franc Francにあったすてきなカップ。

最近、欲しい食器が多くて困る。古風なのや装飾的で綺麗なのがたくさん目につく。

 あのグラスも欲しいし、この皿も欲しい。買ったところで置き場所がないのはわかっているのに。それに、決して手の届かない値段ではないとはいえ、たくさん買えば値段もばかにならない……

(子供の頃、食卓における礼儀作法だけをうるさく言って伝統を守った気になっている人が多かった。「器とは何か」も後世に伝えて欲しかった。私にはそれがよくわからない。一貫した食器哲学がなく、半ば飾り物のようなイメージだから、あれもこれも欲しくなって困る)

Photo_26 大好きなイングリート・ノル(ドイツのミステリ作家)の「特技は殺人」。主人公ローズマリーは、一人暮らしで、パーティ好きなわけでもないのに、なぜかグラスはすべて(6個だか8個だか忘れたが)セットでそろえている。それもウォーターグラス、シャンパングラス、ワイングラスなど用途別に買いそろえて食器棚にきれいに並べている。

 刑事が家に来て、他のグラスはすべてセットになっているのに、ワイングラスだけが1個少なく、セットになっていないので疑惑を抱く。(実はそのワイングラスは、ローズマリーが友人を殺したさいに割れて、破片が現場に残っていた)。刑事は「こんな几帳面な人が、ワイングラスだけをセットでそろえないのはおかしい」と言う。

 私には、そもそも「グラスはセットでそろえなければならない」という概念自体がよくわからない。一人暮らしなら、一種類の食器につき1個か2個あれば充分だと思う。大勢の客が来るときは紙コップかクリアコップを使えばいい。

ただ、紙コップはヨーロッパ人、とくに食卓における伝統を重んじる人には邪道なものなのかもしれない。前述ローズマリーは、ピクニックにも紙コップではなくワイングラスを持って行くのだから徹底している。

たしかに紙コップやクリアコップは貧乏臭いし風流でない。緑茶や、飲み残しの泡の抜けたビールなんか入っていると、検尿のようで物悲しい。どんな上等なお酒も、紙コップに入れたら台無しだ。

お金持ちの人の家に行けば、6個セットや12個セットのグラスがある。では、貧しい人の家で飲み会をする時はどうしたらいいのだろう?

そうだ、みんながMYグラス持参で集まるのだ。今は使い捨ての時代ではない。ゴミも減って食卓も美しくなる。

しかしグラスは割れ物だし、持ち運びに不便だ。かといってプラスチックのコップは歯磨き用だから、こんなもので酒を飲むわけにはいかない。

 木製や、金属のカップなら軽くて良い。さかずきならば、コートのポケットにちょっと入れることもできるので、さらに良い。まず軽くて丈夫で、デザインも現代風のMYさかずきやMYコップを普及させ、みんなが常にこれを持ち歩くのだ。これでホームパーティもピクニックもバーベキューも風流。そしてファーストフード店でも、街角のアイスクリーム屋でも、このMYコップを使えばゴミ減量だ。

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2007年2月11日 (日)

どこかにあるかもしれないお店

Coffe 「ぼくの彼女は料理が下手で困る」とぼやく人に出会うたび、私はある衝撃的な朝食を思い出す。

 その人は小さな村の出身で、自分が東京の大学を出たことをたいへん自慢にしていた。そして言うことには、自分の村では2~3代さかのぼればみな親戚同士であり、血が近すぎるから、村人同士の結婚によって誕生した子は決して進学できない。自分が大学まで行けたのは、母が果敢にもヨソ者の男性と関係を持ち、血を薄めることによって知能を向上させたからである。そういう奇妙な独自の理論を展開する。

 現代の日本にもまだこんな場所があるのかと思う。私はどうしても、彼の母が阿部公房の「砂の女」のような人だと想像してしまう。そのヨソ者の父がどうなったのか私は知らない。とにかく彼は母子家庭で、夕食はいつも自分で作っていたという。

「だから俺は料理が上手いんだ。ちょっと人と違った、独創的な発明料理が作れるんだ。いつか会社を辞めて故郷に帰って、お袋と二人で料理屋をやって暮らすんだ」と言っていた。

 ある日、私はその人のアパートの部屋で寝ていた。朝起きたら、コーヒーの香りがした。その香りはなぜか、コーヒーポットではなく炊飯器からただよっていた。

 彼は小テーブルにご飯と味噌汁を並べた。そのご飯は、どす黒かった。彼が言うところの「コーヒーご飯」である。炊飯器に水と米を入れるとき、一緒にインスタントコーヒーの粉を入れ、ちょっとかき回して、あとは普通に炊き上げるのだそうだ。

 味噌汁を飲むと、コロンとした甘いものが口に入った。チェリーだった。箸で探ると、ミカンがあった。パイナップルも出てきた。これが彼が言うところの「フルーツ味噌汁」、味噌汁の具としてフルーツの缶詰を入れたものである。

 私はこれを、ちょっとした洒落だと思った(たとえば、他の女と遊んで朝帰りした夫に、コーヒーご飯とフルーツの味噌汁を出したらどうだろう。遊び心の中にも怒りがにじみ出て、粋だ)。

 でも彼は、一口しか食べない私を見て、しょんぼりと肩を落とした。彼は、自分ではおいしいと思っていたのだ。そして、いつもそのメニューを食べていたのだ。

 彼の母という人は、仕事から疲れて帰ってきて、息子がコーヒーご飯を作っていたら、怒りもせず「おまえは本当に独創的だね」とかなんとか言って食べたのだろうか。すごい人だ。

 いつか地方を旅していて、小さなさびれた村にたどり着いたとする。そこに、母と息子がやっている、ひっそりとしたあやしい料理屋があった。そのメニューに「コーヒーごはん定食」というのがあったら、それはきっとあの人だ。しかし、注文してはいけない。

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2007年2月 5日 (月)

「セクター7」

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 デイヴィッド・ウィーズナーの「セクター7」、お気に入りの絵本です。

 まず「セクター7」という、絵本らしくない、SFのようなシュールな題名に引きつけられて手に取った。

 セクター7とは、空中に浮かんでいる不思議な工場のようなもので、雲たちが設計図をもらいに集まってくる。この設計図によって、どんな形の雲になるかが決まる。同じ形の図面ばかり配られ、ちょっとマンネリ気味の雲たち。そこへやってきた一人の少年、なぜか魚の設計図を描いて、雲たちに大ウケ。しかしそのあまりの奇抜さゆえに雲の管理人たちには受け入れられず……。(※文章が一つもない本当に絵だけの絵本なので、勝手に解釈したストーリー。たぶん、遊び心を持つこと、冒険すること、クリエイティヴであることを応援するお話)。

 さてはこの作者カリフォルニア人か、と思ったらニュージャージー州生まれだった……。

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