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2007年2月18日 (日)

紙コップは人類の虚無を加速させるのか

Jpg  売り切れかけているのを見て、思わず買ってしまった。Franc Francにあったすてきなカップ。

最近、欲しい食器が多くて困る。古風なのや装飾的で綺麗なのがたくさん目につく。

 あのグラスも欲しいし、この皿も欲しい。買ったところで置き場所がないのはわかっているのに。それに、決して手の届かない値段ではないとはいえ、たくさん買えば値段もばかにならない……

(子供の頃、食卓における礼儀作法だけをうるさく言って伝統を守った気になっている人が多かった。「器とは何か」も後世に伝えて欲しかった。私にはそれがよくわからない。一貫した食器哲学がなく、半ば飾り物のようなイメージだから、あれもこれも欲しくなって困る)

Photo_26 大好きなイングリート・ノル(ドイツのミステリ作家)の「特技は殺人」。主人公ローズマリーは、一人暮らしで、パーティ好きなわけでもないのに、なぜかグラスはすべて(6個だか8個だか忘れたが)セットでそろえている。それもウォーターグラス、シャンパングラス、ワイングラスなど用途別に買いそろえて食器棚にきれいに並べている。

 刑事が家に来て、他のグラスはすべてセットになっているのに、ワイングラスだけが1個少なく、セットになっていないので疑惑を抱く。(実はそのワイングラスは、ローズマリーが友人を殺したさいに割れて、破片が現場に残っていた)。刑事は「こんな几帳面な人が、ワイングラスだけをセットでそろえないのはおかしい」と言う。

 私には、そもそも「グラスはセットでそろえなければならない」という概念自体がよくわからない。一人暮らしなら、一種類の食器につき1個か2個あれば充分だと思う。大勢の客が来るときは紙コップかクリアコップを使えばいい。

ただ、紙コップはヨーロッパ人、とくに食卓における伝統を重んじる人には邪道なものなのかもしれない。前述ローズマリーは、ピクニックにも紙コップではなくワイングラスを持って行くのだから徹底している。

たしかに紙コップやクリアコップは貧乏臭いし風流でない。緑茶や、飲み残しの泡の抜けたビールなんか入っていると、検尿のようで物悲しい。どんな上等なお酒も、紙コップに入れたら台無しだ。

お金持ちの人の家に行けば、6個セットや12個セットのグラスがある。では、貧しい人の家で飲み会をする時はどうしたらいいのだろう?

そうだ、みんながMYグラス持参で集まるのだ。今は使い捨ての時代ではない。ゴミも減って食卓も美しくなる。

しかしグラスは割れ物だし、持ち運びに不便だ。かといってプラスチックのコップは歯磨き用だから、こんなもので酒を飲むわけにはいかない。

 木製や、金属のカップなら軽くて良い。さかずきならば、コートのポケットにちょっと入れることもできるので、さらに良い。まず軽くて丈夫で、デザインも現代風のMYさかずきやMYコップを普及させ、みんなが常にこれを持ち歩くのだ。これでホームパーティもピクニックもバーベキューも風流。そしてファーストフード店でも、街角のアイスクリーム屋でも、このMYコップを使えばゴミ減量だ。

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