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2007年4月16日 (月)

「エル・ベルデゥゴ」

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バルザック(17991850年)のゴシック小説を紹介します(岩波文庫の短編集「知られざる傑作」より)

エル・ベルデゥゴ(1829年作)

主人公ヴィクトルは若いフランス士官で、監視の目的でスペインのメンダという小さな町に駐屯している。このメンダの丘にレガニェス侯爵の城館がある。

物語はヴィクトルや部下の士官たちがレガニェス侯爵の晩餐会に招かれたところから始まる。ヴィクトルは侯爵の娘のクララが気になっている。クララの方でも、なんだか意味ありげな目で見てくる。しかし「自分の太公という肩書きにスペイン中の誰にもまして執着しているあの侯爵が、パリの食料品屋の小せがれに自分の娘をくれてやろうと思うはずがない」と、諦めの入った心境である。

その時いきなり戦争が始まった。レガニェス侯爵はひそかに反乱軍を組織していたのだが、イギリスからの援軍の船が一部だけ先に到着して残りが遅れたため、予定が狂って制圧されてしまう。レガニェス侯爵一家は城で拘束され、一家揃って処刑されるのを待つばかりとなる。

そこでヴィクトルが仲介役となり、侯爵家側の嘆願をフランス軍の将軍に伝える。その嘆願というのがまず、「庭に絞首台が用意されているようだが、自分たちは斬首を希望する」という奇妙なものだ。「火あぶりはイヤだから斬首がいい」というならなんとなくわかるが、「絞首はイヤだから斬首がいい」とは、いったいどういうことなのだろう。どうも当時の通念として、絞首刑=平民向け、斬首刑=貴族向け、という常識があったようだ。

また侯爵家は「弟息子の命を助けてくれるならば全財産を差し出す」と申し出る。この家の男子は、長男ファニト30歳、次男20歳、その下が8歳である。この8歳の弟はまだ子供だから助けてくれという意味だろうか。それに対して将軍は(この将軍、なぜか「G…t…r将軍」と伏字になっていて意味深なのだが)、息子の一人がその手で残りの家族全員を処刑するならば、財産も家名も取り上げず、その者に継がせてやると申し出る。その理由は、「侯爵がどうしても家名を伝えたいならそうするがよい、しかしスペイン人は彼の裏切りと罰を永遠に記憶せねばならぬ」というのである。

家族会議の結果、長男ファニトがこの役目を引き受ける。そしてフランス軍とスペイン人たちの見守る処刑場で家族の首を切り落とす。クララが処刑される時、ヴィクトルは「自分と結婚するなら、将軍に頼んで命を助けてやる」と申し出る。ところがクララ、「さげすんだような、ほこらしげな目で相手をチラリと見た」後に、兄を促し、やはり首を落とされて死ぬ。こうして一家が次々と斬首されてゆくが、ファニトは、母親だけはどうしても殺すことができない。母は自ら岩に頭を打ちつけて死ぬ。

ファニトは約束どおり財産を継ぎ、侯爵家の当主になる。そしてスペイン国王からエル・ベルデゥゴ(死刑執行者)という称号を与えられ、敬意を表される。この小説は怪談めいたオチも何もなく、本当に簡潔に綴られている。最後はただ、ファニトがこの出来事の後、廃人のようになって城に引きこもって暮らしている、と書かれているだけだ。恐怖ポイントはそこまでして爵位や家名を存続させたがる心情のすさまじさと、その願いを逆手にとって悪魔的な取引を提案するフランス将軍の極道ぶりだろう。侯爵一家の毅然とした態度を描写しているあたりは、ちょっと日本の武家の話みたいだが、多少お国柄の違いも見える。

私はこういう話ならまったくの創作であっても好きなのだが、それとはべつにこの小説は、何か妙な真実味が感じられてしかたない。解説によると、バルザックはこの小説を、執筆当時に付き合っていた公爵夫人からきいた話をもとにして書いたという。もちろん脚色されたにしても、私はいくらかは本当のことではないかと思っている。作者は、登場人物の名は変えたと言っているが、このスペインのメンダという町は現実に存在しているらしい。

クララの意志の貫き方は、いわゆる女のしたたかさとは違った、独自の規則による徹底ぶりがあって興味深い。彼女はファニトのひざに乗って「お兄さまに殺していただけるのなら、死ぬのがどんなに楽しいことか」などと言うのだが、このあたりにはややあやしいムードさえ漂う。彼女はファニトを敬愛し、最後までヴィクトルを蔑み続ける。こんなプライドは悲しい。でも命を繋ぐために好きでもない男や敵国の男と結婚したに違いないたくさんの女性を思うとき、私は「よっしゃ、上等だぜクララ」と思わずにいられないのだ。

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