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2007年10月21日 (日)

「銀色の愛ふたたび」を読んだ

008  私にとって特別な「思い出の本」の一つ、「銀色の恋人」タニス・リー著(ハヤカワ文庫・辻井朱美訳)。これを読んだとき私は主人公ジェーンと同じ16歳だった。

 人間そっくりの美しい男性型ロボット・シルヴァーを本気で愛してしまった大富豪の娘ジェーン。シルヴァーと二人きりで暮らすために家出する。しかし肝心のシルヴァーを買うために貯金を使い果たし、自分名義の家財道具をすべて売り払ってしまったため、やむなくスラム街みたいなところにボロアパートを借りて新生活とあいなる。

 私は二人がこのボロアパートを、文無し同然にもかかわらず様々に工夫を凝らしてインテリアコーディネイトしていくシーンがとくに大好きで、自分自身がボロアパートの住人と化してからも心の支えとして何度も読み返していた。そう、T・リーの魅力の一つは抜群の美的センスなのです。

Silver2 最近続編が出たらしいので買った。前作で「ロボットが人間の失業率を増加させる」等々の非難を受けて解体されたシルヴァーが、今度はMETA社の提供で復活。名前も「ヴァーリス」に変わり、能力的にもよりパワーアップして登場する。

 新生ヴァーリスは「シルヴァーだった頃の記憶は持っているが、自分はシルヴァーではない」と言う。たしかに性格も、解体処分の宣告を受けて唯々諾々と従ったシルヴァーと正反対。クールで策士な親分肌で、かなりの俺様ぶりを発揮したあげく「我々に恭順を求めるな。それは終わった」と、独立宣言。地下に潜伏したり、ロボット仲間を地球外へ逃がしたり、放浪生活を送ったりと忙しい。

 肝心の主人公はというと……

 前作では、シルヴァーとの恋は、箱入り娘ジェーンが世の中へ出て行くきっかけとなる。そして万能ロボット・シルヴァーがそれを精神的にも物理的にもサポートする、という筋書きになっている。ところが、こちらの主人公ローレンは最初からほぼ完成された行動力や独立性を持っており、ヴァーリスとの恋がジェーンの場合とまったく逆の方向に働く。つまり頼もしい女の子だったローレンが次第に行動力を削ぎ落とされ、ヴァーリスの囲われ者的な立場になってゆく。しかもこのローレン、若いのに計算高く「こんちくしょう、ロボットなんかの思い通りになってたまるか」とたてつくようなストリート精神もない。そのため調教モノでも監禁モノでもない、ひたすら甘い二人の世界へと向かう閉塞的な展開がやや息苦しい。

というより、前作でシルヴァーがジェーンをサポートしたように、今度は人間であるローレンがロボットの自立をサポートしているのか? この二冊を読み比べると、A面とB面みたいで不思議である。

 ただ私は、人間への忠誠を貫くのも、「ブレードランナー」風に徹底的に反旗を翻すのも、どちらにしてもきわめて人造人間的だと思えてならない。

と、そんなことを考えていたら、昔ある男友達が言った言葉を思い出した。なぜか「田嶋陽子はとても女らしいと思う」と言うのである。つまり、従順なのも反逆児も、つきつめれば両方とも女性的である。その従順な方がすたれた結果、真逆の女らしさとしての自由の闘士タイプだけが残った、と彼は思ったのだろうか。

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