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2007年11月 5日 (月)

「くだんのはは」

Kc330001 「戦争はなかった」小松左京著 新潮文庫(昭和49年発行)

 この本はずっと本棚の片隅に埋もれていたが、題名からして地味で硬派でつまらなそうなので敬遠していた。それを何かの拍子に開いてみたらば、フィリップ・K・ディックばりのSF小説短編集だった。

短編の中でとくに「くだんのはは」が傑作(これはSFというより怪奇小説)。

この物語は、

終戦直前、家が焼けてしまったため、しばらく知り合いのおばさんの家に居候させてもらうことになった少年。その家の娘は病気だということで、うるさくしてはいけない、そして二階に上がって病人の部屋をのぞいては絶対にいけない、と釘を刺される。

しかし、夜な夜な娘の部屋から聞こえてくる泣き声、血染めの包帯、不気味な食事など、あやしいことが次々と見えてくる。

この少年自身もちょっと薄気味の悪い子で、戦時下の教育にどっぷり染まった愛国者。一家の贅沢ぶりや、国を盲信することなく本当のことを言ってしまうおばさんに怒りや反感を抱く。そういった軍国少年のえげつない心情が生々しく書かれている。

そしてやはりというべきか、最後にとうとう二階の部屋を見てしまう。するとそこに座っていたのは、「くだん」と呼ばれる怪物である。どうしてこの怪物が誕生したのか、という歴史的な裏打ちもきちんと書かれていて、そのへんはとても丁寧だから決して唐突ではないのだが……

しかしこの怪物の外貌はかなり滑稽でとっぴょうしのないものだ。もしこれが映画で、さんざん思わせぶりに引っ張ったあげく最後にこんな生き物が登場したらどうだろう。私なら「雰囲気をぶち壊しやがって」と怒ってしまう。もしくは大爆笑する。どんなにうまく特殊メイクしたところでコミカルさは拭えない気がする。作者はビジュアル的なリアリティをまったく考えなかったのだろうか?

しかし、この変てこりんな怪物がものすごーく怖く書いてあるからすごいのだ。「文章は映像には勝てない」と言う人もあるが、この話を読むと逆に映像の限界を感じる。どうしてこんなルックスでこんなに怖いんだ。くだん……。

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