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2008年5月

2008年5月26日 (月)

「生ける屍」

51771kwcptl_sl500_aa240_1  たまには真っ当な時間に寝ようと思って夜の11時にこの本を持ってベッドに入ったものの、おもしろかったのでぜんぶ読んでしまった(そして気がついたらけっきょく夜の2時だった)。

 「生ける屍」ジョイス・キャロル・オーツ著 井伊順彦訳 扶桑社ミステリー

 美少年をつかまえて、ロボトミー手術をほどこし、自分の言いなりになる奴隷にしたいと望むクウェンティンの手記。彼はその獲物候補を「おれのゾンビ」と呼ぶ。

 私はトマス・ハリスが苦手で1ページで窒息しそうになるのだが、これは気持ちよく読めた。語り口は混乱して無教養(を装い)ながらも軽快だし、主人公クウェンティンがすこぶる好感の持てる変態っぷりなのだ。何がどう好感を持てるのかといえば、これがよくわからない。しいていえば、全体にただよう妙な明るさと、一片の迷いも罪悪感も持たない悪魔のような徹底ぶりだろうか。(いかにもアメリカの若い男作家が書きそうな文章だと思ったら、著者は女性で、しかも1938年生まれだった。思わず拍手!)。

 このクウェンティン、彼を取り巻く環境だけ見ればかなり恵まれている。清く正しく親切な人々に囲まれて裕福に育ったが、彼の脳みそだけがたまたまイカれていた、としか言いようがない。家族の愛も彼の心には届かない。かといって恨みや憎しみといった感情もない。必要とあらば精神科医に向かって、涙まで流して悔いたふりをするが、これがまったくの演技である。宇宙人レベルといえるほど普通の人間の常識が通じない心のありようだ。

 

 小説ではないのだが、私は学生時代にアリス・ミラーの「魂の殺人」を買った。ミラーの理論を、私は今でもうまく要約できない。ただ、FBIの言う「快楽殺人」というものを全面否定し、すべての犯行は犯人が幼少時代に受けた心の傷となんとかして折り合いをつけようとする試み、と説明していたように思う。そして実際に、子供を狙った連続殺人犯の、一度も愛されることなく親や寮長に虐待された悲惨な少年時代などを紹介していた。原因が抑圧された不幸の記憶にある以上、どんな凶悪犯も精神療法により更生する可能性がある、という考えのようだった。

 これとは逆に、もっと悲観的な内容の本を出している分析医たちもいる。「単に身勝手で自己中心的なために罪を犯す者も多く、何をどうしようが一生更生しない。減刑や仮釈ねらいで反省したフリをするだけ」と言う。著者は忘れたが「平気で嘘をつく人々」などはそんな内容だったと思う。

 私は長年、どちらかといえばミラーの支持者だった。ただ何かが腑に落ちない。「どんな人間にも愛を求める心があるはず」転じて「愛によって救えるはず」とする、いわば愛を万能薬のごとく奉る考えを、私は危険だと思う。たしかに犯人の家庭環境を調べれば、たいていは犯人自身が死ぬほどの目にあわされて育ったのだろう。しかしそれだけではとうてい説明のつかない事例が必ずある、とも思う。もしもどこをどうほじくり返してもぜんぜん説明のつかない、宇宙人みたいな犯人に出会ったら、ミラーのような人たちはどう言うのだろう?

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2008年5月18日 (日)

「スパイダーウィックの謎」を観た

 妖精たちを研究し尽くした大伯父アーサー。彼が記した「妖精図鑑」を、屋敷に引っ越してきた少年ジャレッドが偶然発見した。世界制覇をたくらむ邪悪なゴブリンたちが、その本を奪い取ろうとして襲ってくる。

 なんだか「そもそも本とは何か」という、基本の部分というか歴史的な部分に立ち返ったような気分で観た。大昔は知識を持てるのは特権階級だけだった。ゴブリンの大ボスのように「妖精図鑑さえあれば世界を征服できる」と言うのは大げさかもしれないが、確かに情報や知識には力があり、本がそれを象徴する。ルシンダおばさんが「この本のおかげでわたしたち家族はさんざん苦しめられた」と言うとおり、書物とはある意味で恐ろしいものであり、そして情報管理とは重大責任を伴うもの……。そんな、とっても哲学的なお話。

サスペンス映画でいえば「世界各国の機密情報が記録されたマイクロチップをひょんなことから手に入れてしまい、CIAに命を狙われる話」みたいな大筋なのです。妖精図鑑には妖精たちの秘密や弱点も書かれているため、これが悪の手に渡ると、世界が滅びるという(正確には妖精が滅びるのであって、人間社会が滅びるわけではないような気がする。このあたりの関連性はあまり詳しく説明されていないのでよくわからないが、水の精や土の精が消える→草木が枯れてゆくゆくは人間も生活できなくなる、という意味なのかもしれない)。

個人的にグッサリきたのは、

「この本は私の人生だ」と言うアーサーおじさんに対して、ジャレッド少年が「あなたの人生はもう終わった」と言い放つ。なんという明快さ、なんという残酷さだろう。こんなセリフ東洋では許されないような気がする(そしてこれが邦画や日本のアニメだったら、アーサーおじさんがあいかわらず重要な役割を果たすキャラクターとして君臨しそうだ)。しかしアーサーは「おまえは本を読んで記憶しただろう。これからはおまえが本だ」とさらっと世代交代して引っこみ、人間界はもとより妖精界でもとくに地位がない。たんなる楽隠居のおじいさんといった風情なのだ(ところであの異次元のリゾート地みたいなところは、なかなか良い。年とったらみんなあそこへ連れ去ってくれるのなら苦労がなくていい)。

51pg5dbjsl_sl500_aa240_1  私は最初に書店で「妖精図鑑」を立ち読みして、妖精のデザインがおもしろかったので、映画も観た。ただ、映画にはあんまり色々な種類の妖精が出てこない。悪役ゴブリン軍はかわいい。能力からいっても頭数からいっても、本当に恐ろしいのはだんぜん風の精の方である。

 それにしても、なんというきっちりと整理されたストーリーだろう。ゴブリンのボスが父に変身して話しかけてくるところは、お約束ではあるのだが、スリリングでインパクトのあるシーンだ。これをちゃんとクライマックスにもってくるのだなあ。

 

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2008年5月12日 (月)

帰ってきました

0082 おでかけ。019

帰ってきました

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文学フリマ 行ってきました

Imgp4504 売上げ。ひとまず箪笥の上に奉納・・・・

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Imgp4503 今回持って行った自分の新作。そのうちサイドバーの個人誌ページでも紹介します。

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Imgp4507 「幻魚水想記の会」今年も発見。おととし、秋の文学フリマに一般参加で来た時一冊だけ買い、その後「続編ありますか」と手紙で問い合わせてもう一冊送っていただいた野田吉一氏の本。今回は3冊目を買いました。前には10円均一で出してらっしゃいましたが、今度からは5円に!? 表紙もカラーになってシリーズすべてがリニューアルされていた。(野田氏は常連さんらしいです)

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Imgp4500  お隣さんのサークル「True Memory」 は伊達なおにいさんでした。イベント活動のベテランなのと、長編を得意とするからには忍耐力があるのか、いったんブースに入ると何時間でもひたすらじっと座っていられるというすごい人。私が他のスペースや人の動きを見てキョロキョロしていたら「誰かお探しですか」と、塩沢兼人のような口調で言われてしまった。

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Imgp4502 隣の隣のスペースの「兎角毒苺團」は渋い和服に手製のヘッドドレスのあねさま。日本画家のおじい様の絵で作ったというすばらしい花鳥図の表紙の本を出しておられました(ただ内容的に石榴写真の表紙のものの方が気になったので、こちらをいただきました)。アクセサリーも作れるので、ゴシックイベントのアラモードナイトへの参加も考えてらっしゃるそうです。

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あんまり留守にできないので他はざっと見ただけですが、まだ買ったのあります。それはまたの機会に!

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2008年5月 9日 (金)

明後日です

Banner1_2 はじめましての方、再訪くださった方、ありがとうございます。そうなの。見るだけならタダよ(・ _ <) あそびに来てね!

5月11日 文学フリマ 11時~16時 会場「東京都中小企業振興公社・秋葉原庁舎」

うちはスペース№A-12 サークルLYCANTHROPE で出店します

新作の小作品1個持っていきます。ぎりぎり製作!明日には印刷屋さんから届くはず。

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2008年5月 5日 (月)

ヘンリー卿の絵手紙展を観た

003Grandfather Letters 展 ~孫に宛てた1200通の絵手紙」を観た。

実は私もおじいちゃん大好きで、諸事情あって父親にはひとかけらの愛情も持っていない私だが、祖父と同居していた頃は楽園だった。残念ながら事故で早くに他界した。ハンフリー・ボガード似の粋なじいさまで、心の中で「わたしのゴッドファザー」と呼んでいる。

(ただ私は「おじいちゃんと私の心の触れ合い」みたいなものを今ここで、というか他のどこでも、書かない。そういうことなら私よりもっと巧みに、それもひとかけらの羞恥も当惑も交えずに、書くことのできる人がごまんといるはずだからだ)

                  *

 話はそれるが、自分も祖父母に大変世話になっておきながら、私は朝日新聞の「ひととき」というコーナーが個人的に大嫌いだ。

このコーナーは比較的高齢の女性読者からの投稿を掲載するもので、たまには例外もあるものの、「あたしって愛されちゃってるの」という家族に依拠した幸福感を話題にしたものが多い。よくもあれだけ「夫や子や孫に囲まれて幸せなわたし」という生殖自慢を、恥もてらいもなくやってのけるものだと思う。

自伝的小説「大草原の小さな家」のように、山あり谷ありの経緯を描いた上で家族愛を表現するならわかる。しかしあんな小さなコーナーで、上手にキレイごとだけ切り取ったものばかり集めて、全国津々浦々に発信する意味がよくわからない。

もちろん孫があったらかわいいに違いない。ただそれは、食事をとって満腹したとか、あるいはエロスの恍惚となんら変わるところのない、きわめて物質的・肉体的なレベルの満足感ではないのか。

そんな生殖細胞レベルの「満腹感」を、この「ひととき」コーナーに投稿する人たちは飾りも変化球もなく、そのまんま直球でぶつけてくる。この生々しさもイヤで、最近はつとめて読まないように素早くページをめくったり、せめて和泉式部日記のように和歌にするとか、上手くなくてもいいから童話として表現したらいいのに、などと思うのであった。

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Grandfather Letters 」のヘンリー卿の絵手紙は、「孫がかわいい」という気持ちをアートの域にまで高めた例だ。当人が高めようと思ったわけではないかもしれないが、もともと愛情に美しい包装をかけて、一ひねりして表現するだけの素養のある人だったと思う。だからこそ魅力的であり、展示物になり得るのだろう。

004←ポストカード。

ウサギの躍動感あふれるポーズがおもしろかった。このウサギのヘアというキャラクターは、慎重派のゾウとくらべて好奇心旺盛で活動的らしいのだが、そのぶん病気や怪我をしている場面も登場する。妙なリアリティを感じてしまった。

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