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2008年7月21日 (月)

占い好き

Imgp4542  中学生の頃、コックリさんだの、キューピッド様だのが流行って、一時はヒマさえあればやっている、といっても過言ではなかった。1人でやることもあったが、学校で友達とやる方が盛りあがって楽しかった。

 ある日、友達と2人でコックリさんをやっていて、「私は何歳で死にますか」と質問すると、「15歳」という答えが返ってきた(当時14だった)。「あんた動かしたでしょ」と友達を疑うと、「だからそんな質問するなって言ったのに」と逆ギレする。

また別の友達とキューピッド様をやっていた時は、友達が私の将来の恋愛模様について質問した。その答えは「7人の男から愛されるが、ある1人の男のために全員断る。しかしその男は手に入らない」という、なにやらストーリー性のあるものだった。

コックリさんやキューピッド様は、ゲームの要素が強いが、その本質は未来を占うことだ。

少女に対して、大人の理屈で「ばかげたことをするな」とか、「占いなんか気にするな」と言う人がいる。しかし私は、子供が神秘主義者で、占い好きなのは当然だと思っている。その理由は、子供には自分の裁量で決定できる事柄が少ないからだ。

たとえば、母親とチョコレートパフェを食べに行く約束をしていた。しかし、直前になって母に急な用事ができたりして、連れて行ってもらえなくなる。すると「今日は運が悪いなあ」とでも思うしかない。大人なら、自分の好きなときに店に行き、自分の金で勝手にパフェを食べて帰ってくればいいのだから、こんな気楽なことはない。

このように、大人になれば自分次第でどうにかできることが増えてくる。何か失敗したとしても自分の不注意のせいだったり、とにかく「これは自分の責任だ」ということが多くなり、運が悪いとばかりは言っていられなくなる。いい仕事につくためには勉強しなければならないし、有害な人物には自力で立ち向かわなければならないんだということがわかってくる。

しかし子供であればあるほど、その喜びも不幸も、周囲の状況や、大人の都合に左右される。豊かさも親の稼ぎ如何だし、今夜好きな料理が出てくるか、遊びに連れて行ってもらえるか、はたまた叱られることでさえ大人の機嫌次第だったりする。このことは、子供でなくとも学生のうちはある程度つきまとう。

そんなわけで少女は占い好きだが、大人向けの女性誌もよく占い特集をしている。女性は男性に比べて占い好きな人が多い、ともいう。これを、女性特有の傾向とする人もあるが、私はそうは思わない。芸能人やスポーツ選手や経営者には、男女を問わず縁起をかつぐ人が多い。それは彼らの職業が、状況に左右されやすく、大きな可能性がある代わりに不確実性の高いものだからだ。つまりどこか子供と似ているから、子供の趣味を持ち続ける。

 そうすると、堅い職業にもかかわらず一般に女性の方が占い好きだとしたら、それは悲劇と不公平を意味する。つまり、女性の方が、自分の裁量で決定できることが少なく、不確実性を多く抱える。また、全体に占い好きな若者が増殖したら、それは不幸な国なのかもしれない。ただ、彼らは少なくとも、状況的に自分の力だけではどうにもならないことが多い、ということを本能的に悟っているともいえる。そういうしたたかさすらない人は「ぜんぶ自分のせい」としてのっぴきならないまでに落ち込みそうな感じがする。

 ということで、すべて運だと思うのは子供、すべて努力次第でなんとかなると思い上がるのはまだ思春期。自力で変えられることと変えられないこと、運命とそうでないことの見極めができたら大人なんだろう。ただ人間には、たとえ不確定要素がわずかだったとしても、そのわずかな部分にさえなんとかして光を当てたい、という欲張りなところがあるのかもしれない。

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