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2008年8月

2008年8月25日 (月)

ヌバの本発見

Imgp4229  古本だけど、定価600円に対しいつのまにかアマゾンでは1000円以上の値がついている。ちょっとお得な本。

「ヌバ・遠い星の人びと」レニ・リーフェンシュタール 福井勝義訳 新潮文庫

SFチックな題名ながら、実際にアフリカのスーダンの奥地に存在するヌバ族という人々を取材した本。著者のレニ・リーフェンシュタールは不思議な女性で、1902年生まれのドイツ人。ナチと関係していたという黒い噂もある。60歳過ぎてからヌバ族を取材し始め、この訳書が出た昭和61年の時点ではすでに80過ぎだった。もうお亡くなりになってるんだろうな、と思いつつネットで調べたら、意外に長寿で2003年没だった。死ぬ直前まで元気で映画など撮っていたらしい。

たまたま雑誌で見かけたヌバ族レスラーの写真に魅了され、この幻の部族を探しに無謀ともいえる旅に出たレニ。彼女の撮ったヌバ男性の写真には、私も惚れ惚れした。

カッコイイ。

どうも辺境部族の黒人というと、影絵のようにひょろひょろしているか、小太りのころっとした人々が頭に浮かぶ。TVでもそんなのしか見たことがない。ところがこのヌバ族の男性ときたら、ハリウッドの現役アクションスターたちと並べてもまったく見劣りしないような肉体美ではありませんか。

そして独特のファッションセンス! とくに皮膚を尖ったもので引っかいて、傷跡を模様にする、という高温乾燥地域ならではのアイディアはおもしろい(ただしこの荒技が美しくキマるのは黒人だけ)。

あとはちょっとしたアクセサリーをつけているだけで全裸に近いのだが、そのたくましい肉体と見事につり合った、端麗にして立派なご子息さまたちときたら、もう手を合わせて拝みたいくらいなんである。

にもかかわらず、食事は毎日ひたすら朝晩2回のモロコシ粥だけ、あとはマメ類少々という乏しさだという。これは本の中でも驚くべき点として指摘されている。たぶん、何世代もかけてその地の環境と食生活に適応した、進化の果ての人々なのだろう。

気になる平均寿命は、人々が自分の年齢を把握していないため、はっきりしない。ただ、3歳以下の子の死亡率が非常に高いという記述はある。不作の年には餓死者がでるともいう。自然に添った潔い生き方だとは思う。この死亡率を根絶すべき事態とみるべきか、やむをえない淘汰とみるか、私にはわからない。彼らなりのすばらしい文化と平和な生活があるわけだから、何でもかんでも近代化がいいとは言い切れない。でも子供の死亡率が高いときくと、女としては身震いが起きる。

ところで、男がこんなにカッコイイのだから女もさぞかし美しいのかというと、残念ながら私の憧れのハル・ベリーねえさんのようなわけにはいかなかった。ずん胴で、骨盤が狭くヒップは小さい。いわゆる砂時計型の女性は皆無だ(ただ、ファナという女性の写真は私から見ても美しかった。やはりずん胴なのだが、それもひっくるめて愛らしいのだ)。厳しい環境にはこういう女性が合うのだろうか。

全体を見ると、このレニは、やはり映画監督だと感じた。ヌバ族の文化や生活習慣の紹介から始まって、彼らの最大のイベントであり宗教行事でもあるレスリング大会について書かれ、最後には、彼らの葬式の模様をレポートした「鎮魂歌」の章で幕を閉じる。本の作り方にはっきりとした起承転結があるのだ。またそれだけに、学者や研究者といった体質の人ではない。時には矛盾する記述も見られ、個人的には多くの謎や疑問が残った。でも写真は本当に素敵。宝物。

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2008年8月18日 (月)

大人一名につき銀貨1枚

Imgp5356  フェルメール展を観た(どうでもいいけど、英語読みすると「ヴァーメア」なんだな)。

 現物の展示はちょっぴりしかないが、解説と関連作品でがんばっている。

 個人的に、フェルメールの人生が気になってしまった。良家の娘と結婚し、10人(11人?)の子供をつくる。しかし作品が少ないためか、それともあまり高く売れなかったのか、借金ばかりしている。最後は、まだほとんどが未成年だった子供たちを残して他界。その後、妻が破産手続きをしている。

 彼の全部の作品を見比べると、複数の作品に同じ衣装や同じファブリックが繰り返し登場する。生活苦をうかがわせる年表を見てしまった後では、それがなんだか物悲しい。単にその衣装がお気に入りだっただけかもしれないのだが……。

今回展示されなかった他のフェルメール作品は、原寸大の写真パネルのコーナーで見ることができる。このパネル展示コーナーで、すごい絵を見つけてしまった(なんか、こういうのはすぐ見つけちゃうんだよな、わたし)。

 酒場みたいな雰囲気の絵の中で、中央に座っている、妙に貫禄のある若い女性。その背後に立った、帽子を目深にかぶった青年。手が……手が女の胸をつかんでいる。それだけなら、彼氏か旦那かもしれないのだが、もう一方の手はなんと……

 さりげなーく女に金を手渡している。しかも、銀貨1枚。シケてるな、にいちゃん……。

(私は、ファンタジー小説を書くときは、娼館の料金はおよそ銀貨3枚と定義していた。その根拠はとくにないのだが、自分のイメージでは女工の日給が銀貨1枚ということになっているからだ。ちなみに、かの有名なマグダラのマリアの料金は、一説によると「ナデリ銀貨1枚」だそうである)

 

 と考えていて、ハッとした。もしやこの絵、「マグダラのマリア改宗前」とかではあるまいな。

 しかし、絵の題は「取り持ち女」。はじっこの方に描かれている、あやしい顔のおばあさんが取り持ち女なのだろうか。それにしても、客の男がハンサム君なのはまだしも、娼婦までが崇高といっていいほど清らかな顔つきをしているのはなぜだ?(絵の美しさと、ポーズの猥雑さのギャップがドラマチックだ。まるで映画スターのスキャンダル写真みたい)

 とにかく、見れば見るほど意味深でおもしろい絵だった。これからフェルメール展に行く予定の方は、ぜひ写真パネルコーナーの「取り持ち女」をチェックです。

 

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2008年8月11日 (月)

「ずっとお城で暮らしてる」

515jb7dfdgl_sl500_aa240_1  シャーリイ・ジャクスンの本は「たたり」があまりおもしろくなかったので敬遠していたが、これは気に入った。人によっては「不気味」「不快」などの感想もあるようだが、私はたいへん楽しく愉快な、素敵なお話だと思う。だって、ここまで我を張って、協調性のカケラもなくて、それでも生存が可能なら、それはもう本人の言葉通り「幸せ」としか言いようがないではないですか。

「ずっとお城で暮らしてる」シャーリイ・ジャクスン著 市田泉訳 創元推理文庫

 6年前、何者かが夕食に砒素をもり、姉妹と伯父をのぞく一家全員が惨殺されたブラックウッド家。その屋敷で今もなお引きこもり生活を送る姉コンスタンス、妹メリキャット、ジュリアンおじさん。

 そうなると砒素をもった犯人はこの生き残った3人のうち誰かということになるのだが、例によって全員あやしい。ジュリアンおじさんは自分を「今世紀最大の毒殺事件に立ち会った幸せ者」と豪語し、事件のドキュメンタリー本を書いて歴史に足跡を残そうという野望を抱いている(ただし自分も同じものを食べてあやうく死にかけた)。メリキャットは発作的に物を破壊する奇癖がある。コンスタンスは夕食を作った張本人で、容疑者として裁判にかけられたが釈放された。

 メリキャットの独白の形で話は進み、彼女の呪術的世界観がガンガン展開される。子供の精神のまま18歳まで育ってしまったような少女なのだが、私は彼女のことはそれほど不可解とは思えない。はっきり言って私も彼女と似たところのあるガキで、独自に編み出した黒魔術やまじないの儀式を実践していた。

 訳者は解説の中で彼女のことを、「弱者のおそろしさを体現したキャラクター」と評している。でも私の解釈は違う。彼女たち姉妹は弱者ではない。明らかに貴族(少なくともその末裔)だ。そもそもこの家では大人三人が働かずに食っている。メリキャットは美しい屋敷と広大な領地を所有していることを自我とプライドのよりどころとしている(その証拠に、ことあるごとに「ブラックウッド家の土地は」とか「わがブラックウッド家の女たちは、代々……」と口にする)。コンスタンスはどう思っているかわからないが、やはり屋敷を最後の砦と見なしているのは間違いない。

メリキャットが村人に敵意を向けるのは、弱者だからというより、むしろ特権意識が歪んだ形であらわれた状態ではないのだろうか。ただ、広大な土地など所有したことのない多くの日本人には、こういう領主心理の暗黒面みたいなものを理解できないのではなかろうかと思う。

そんなわけで私的には、一番不可解なキャラクターは姉のコンスタンスだ。もちろん最後の方で真犯人が明かされるのだが、もしも本当にコンスタンスが犯人ではないのなら、彼女の生き様はいったい何なのだろう?  私には10代の頃、どうしても表現したかったある人物像があって、コンスタンスはそれに似ている。ただ大先生の表現法を見ても、やっぱり私にとっては謎のままの、永遠のダークヴィーナスなのである。

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2008年8月 4日 (月)

「パンズ・ラビリンス」

Images1  映画館で観ようと思いつつ見逃したので、DVD借りてみた。

 パンズって何だろう、と思っていたら、作中に登場するガイド役の妖怪が「パン」という。私は西洋神話でいうパンとフォーンの違いがよくわからない。やぎベースのフォーンに対し、パンは羊ベースのクリーチャーということなのか?

 母の再婚のため山奥の駐屯地へやってきた少女オフィリア。着いてみたら家は古くて怖いし、新しい父は拷問好きのあぶない鬼大尉だし、妊婦の母は病気になるし、唯一信頼をよせた家政婦は実はゲリラのスパイ……と、きわどい事態が続く。それと平行して少女のまわりに妖精があらわれ、「あなたは地下世界の王女の生まれ変わりだ」と告げられるなど、ファンタジー世界が展開してゆく。パンは、地底王国に戻るためには3つの試練をクリアせねばならないと言う。

オフィリアのお洋服がかわいい。おめめの怪物と「第二の試練の部屋」が一番ゴージャスでステキ。メイド兼スパイのメルセデスはある意味働く女代表(大尉に「ブタは死ね」とか言い放つあたり、きっとすごいカタルシスだ)。

 現実世界は現実世界、ファンタジー部分はファンタジー部分で、それぞれが物語として完結しているところがおもしろい。

 現実と幻想世界が並行する話の場合、現実は平和であることが多い(主人公が個人的に不幸というパターンはあるものの)。現実世界にも戦争などの深刻な状況を持ってくるのは、なんとなくヨーロッパ映画的だ。決して平和なときの贅沢ではなく「いっぱいいっぱいの時こそファンタジーだ!」という粋のようなたくましさのような感じもする。

 オフィリアの現実で、もし自分だったらどう立ち回るかを考えながら観たが、けっきょく彼女にできることはあまりない。まじないで母を治療しようと木の根っこに牛乳をやっていたのを見つかり「魔法なんてないんだから」と怒られるが、「じゃあどうすりゃいいんだよ」としか言いようがない状況なのだ。

 ところで、地底王国とはいったい何なのだろう。その全容はよくわからないままだが、ラストの映像からすると魑魅魍魎や悪魔の国ではないらしい。しかし地底に存在する「美しくて苦労のない国」といったら、ようするに冥界ではないのか。だからそこへ行くためにはいずれにせよ一回死なねばならないのか、と妙に納得してしまった。名前からしてなんとなく不吉な感じがしたんだ、オフィリア。それでも彼女にはファンタジーがあるから、あれでけっこう幸せだったんだと思う。

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