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2008年9月 1日 (月)

宦官たちの日々……

Imgp5400  宦官は私にとって、とても一晩では語りつくせないほどの興味深いテーマなのだが、最近ある本を発見したのでちょっとだけ語ってしまう。

 ただ単に植物的な、無機質な人間は薄気味悪くて嫌いだ。でも宦官となると無関心ではいられない。なにしろ彼らは手術という具体的な苦難と恐怖、そして療養期間の孤独、自分を宦官にした人間への怨恨(子供のうちに宦官にされる場合、それを決めるのは父や兄であり、恨まれるのもそういった近親の男性ということになる)等など、いろんな試練をくぐりぬけた人々であったはずだ。それはもう、まともな肉体があるくせして精力のない人間なんぞという、つまらないもんの比ではない。奇怪で残酷で、凄絶で、ダークな世界があるはずだ。

 でも、ほんとのところ宦官って何だろう。

 これは、中国の宦官について、その起源や歴史との絡みが書かれていた。私が読んだ中ではいちばん詳しくてわかりやすかった。三田村泰助著「宦官」中公新書。

 ちなみに中国は古来よりアラビアと並ぶ宦官大国で、その廃止も20世紀に入ってからと、けっこう最近なんだそうである。

 アラビアン・ナイトには宦官奴隷というのがよく出てくる。宮廷のみならず、金持ちの一般家庭でも使われている。奴隷市では、ただの男奴隷よりも高値で取り引きされた。3人の宦官奴隷があることから墓地に集まって、それぞれ自分が宦官になったいきさつを語る、というシーンもある。それによると、ある奴隷は、雇い主の家の令嬢に手をつけたため宦官にされる。ただし令嬢とは両想いで、彼女の嫁ぎ先へもついていく。しかし宦官になったため、ただ彼女のそばにいるだけで満足するようになった、と言っている。このケースからすると、宦官とは不貞や、不倫で子供ができることを防ぐための機構のように見える。

 しかし、それだけではないらしい。この本によると、宦官にされると人格までもが一変し、普通の男性とは違った独特の精神構造を持つようになる。したがって行動面でも、男とも女とも違った人種とでもいうべきものになる。宮廷のような特殊な組織の中では、その特殊な性格が意味を持つ。 

 ところで私は「植物的な人間は気色悪い」と思うわけだが、実はそれも、宦官の歴史と無縁ではないらしい。この本の終章には現代との比較がある。それは「権力のあるところに宦官あり」。つまり、組織や権力というものがある限り、宦官のような存在はどうしても必要となってくる。現代でもそれは同じである、と著者は言う。

 これは組織で働く以上、女でも変わらない。女の本音むき出しで行動したら、嫌われる。たとえば「あの上司、女から見て生理的に気持ち悪いのよね」と思っても、おくびにも出さずにニコニコしていなければいけない。集団の中で和を保つためには、精神的な性の削除とでもいうような作業が必要になってくる。

 管理社会における「総宦官化」。とこう書かれると、なんだかおそろしい。一億総宦官……。てやんでい、だったらあたしは一生アウトローで結構だよ、と思わず絶叫したくなるわけなのだが。

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