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2008年11月10日 (月)

人生とは睡魔との闘いである

Imgp5671 オバケのメレンゲにめろめろけ?(栃木弁)

小宮はたいがい最低血圧が60前後、最高血圧が75前後である。しかしとくに病気というわけでもなく、そこそこ健康そうに見えるため「やればできるのにやる気がない」「夜になると元気になる→遊ぶときばかり熱心」などと偏見の目で見られることがある。

ある時、とある公務員の男性が「僕も寝起きが悪い。起きてから最低1時間はぼんやりとTVを観る時間を確保せねばならない。だから夜は風呂の後はすぐに寝るし、朝は出かける3時間前に合わせて5種類の目覚まし時計をセットする」と言うのを聞いてたいへん驚いた。彼は、家畜小屋のようにほとんど何もない殺風景な部屋に住んでいた。寝起きの悪い人間は、ここまでしなければならないのか。他の人と同じ程度の、そこそこに楽しみのあるプライベートなど望むべくもないというのだろうか?

一つ屋根の下で暮らした場合、正常血圧の人間から見ると、朝起きてぼんやりしていたり、不機嫌だったり、朝食をとらなかったりする様子はこのうえなく不愉快なものに映るらしく、子供の時分には「ネオキムックラ、ウスウス、ウスウスッ!」と苛立たしげになじられることもしばしばだった(しかしこれはいったいどこの方言なのか、己の親ながらいまだその意味は不明である)。

たしかに、朝になると大声で「オハヨー」と叫びながら階段を駆け下りてきて、元気よく朝食を平らげ、夜になれば死んだように眠りにつく子供であったなら、親としてはどんなにか便利なことだろう。しかし言わせてもらえば、朝早くから陽気に働いて家計のための労働とやらにすべてのエネルギーをつぎ込んでしまい、本来ならば愛のための時間であるはずの夜にはすっかり疲れて不機嫌になり、怠惰にゴロゴロしているだけの人間というものも、家族から見れば決して愉快なものではない。

毎朝早く、決まった時刻に起きなければならないという事は、これすなわち拷問である。その苦しみは尋常ではなく、せまりくる不快感の渦の中で、自分はこの世で最も不幸な人間だと確信する。このまま寝ていられるなら、社会生活も人の信頼も、すべてを犠牲にしてもかまわないと思う。そこには狂気にも似たただひとつの想いだけがある。「起きるくらいなら死んだほうがましだ」。

このようなことから小宮は、自殺や殺人とはあんがい、ちょっとした体質的なものから起こることもあるのではないかと思っている。しかし、自殺も犯罪も引きこもりも、その原因としてまず精神医学的側面と、社会的要因が取沙汰される。もっと低血圧が注目され、研究が進まないものだろうか。それとも、学校で優秀な成績をおさめ、医者や博士になるような人間とはおおむね低血圧とは無縁の人種だから、こんなことは想像がつかないのだろうか?

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こんな本をみつけた。

「自分で治す冷え性」田中美津著、マガジンハウス

これはなかなかいい本で、とてもためになる。それにしても低血圧の人のための章で「低血圧を理由に自分を甘やかさないように」と言うのはまあわかるが(ようは私の知人の、あの公務員のごとく節制すべしということである。しかし趣味や娯楽は諦めるとしても、残業も夜更かしも必要ない安定した公務員のような職を手に入れられるのはごく一部の人間のみではないのか)、しかし

「実は私も低血圧で、上が100、下が70くらい」

と書かれていた時点でキレかけた。

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