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2009年1月16日 (金)

庭を出ためんどり

「庭を出ためんどり」 ファン・ソンミ文 キム・ファンヨン絵 ピョン・キジャ訳 平凡社

Photo うちの故インコと違って、イプサクの人生は卵を産めなくなってから始まる。

主人公のめんどりイプサクが養鶏場から脱出し、さらに農場からも出て、独自の人生をまっとうするまでの物語。永遠の宿敵「狩人」と呼ばれるイタチとの対決、マガモとの種族を超えた友情、放置された謎の卵を養子に……などなど、最初から最後までけっこう波乱万丈でハイテンション。

これは児童書でもあるためか、自分の卵を抱いて孵したい、というきわめて女らしい望みを持つイプサクに対し、おんどりが妙に無関心だったり、養子の存在が用意されていたりと、性の部分はスッパリ省いて母性愛だけを強調した形になっている。ただ、私は養子も同性愛もひっくるめて、血の存続から離れたところにある愛、みたいなのが好きなので、これはこれで許せる。

昔「チキン・ラン」というクレイアニメの映画があって、それも養鶏場のめんどりが脱走をはかる話だった。めんどりばかりの宿舎に、流れ者の、ちょっと詐欺師のような、プレイボーイ風のおんどりが迷い込んでくる。最後には飛行機で脱出に成功し、楽園のような無人島のようなところに漂着してみんな仲良く暮らしている。一応主人公は脱走の首謀者となるめんどりなのだが、しかしどう考えても、一番得したのは晴れてハーレムの主となった流れ者のおんどり(ラストでぴよぴよ歩いているヒヨコはおそらくすべてヤツの子である)という、ちょっと屈折したような奇怪なストーリーなのだ。もしこの状況を人間の俳優で再現したらどれだけ破廉恥か、ちょっと考えればわかるはずなのに、子供向けのアニメでよくこんな脚本が書けたかと思うとあっぱれだ。

 この小説はそれにくらべるとずっと上品なのだが、イタチも含めて「誰も得してない」という、この不思議なまでの公平さは何だろう。シンデレラみたいに「みんなよりちょっと(もしくはかなり)得して終わる」というのがおとぎ話なら、これは敵も味方もめぐりめぐって自然の循環の一部、みたいになっている。ちなみにイタチもメスで、なかなかヒネた魅力のある敵キャラに仕上がっている。訳もよかった。

 イラストは、これはこれで味があるんだろうけど、一冊の中で好きなカットと嫌いなカットがあった。小説も泥臭くて、粋も風流もユーモアも何もない話なのだが、物語の原点を見たような感じもする。そういえば著者と画家は韓国人らしい。韓国人は原点に立ち返ったようなものを創るのが巧みなんだろうか。ちなみに私は韓国人名にうといので、著者もイラストレーターも性別がわからない。

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