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2009年2月 2日 (月)

戦前生まれのゴシック作家……

21p8vnzneql_sl500_aa140_1「闇の博物誌」山口椿著 青弓社

古今東西のあれこれの残虐事件を紹介した本。水死体や生首などの写真は、モノクロなのでそれほどグロテスクではないが、けっこう凄い。処刑や拷問の古い版画図はなかなか味があってよい(「あたくしとしたことが、どうして読んだことなかったのかしら」と思うのだが、92年発行だから、たぶんスティーヴン・キングを読んだりX‐ファイルを観たりするのに忙しかったのだろう)

著者のあとがきで「史実の検証を目的としたものではない」と言っているとおり、どこまでが事実でどこまでが著者の推測なのかよくわからなくなったりするが、それぞれの章が短くまとめられていて、読みやすく、ドライな語り口も好感が持てる。暇つぶしにサラッと読むのに向く。

(「ヒマだからってなんでそんなもの読まなきゃならんのだ」と不思議がる人のために説明すると、こういうものを読むと世界観が広がって、目に見えている今この時代がすべてではないこと、異なる時代に異なる価値観があったことがわかるのであります。それは現代人の想像を絶する世界かもしれないし、今もどこかに存在する状況かもしれない)

 ところどころ出てくる身の上話によると、どうやら著者の山口椿という人は戦前の生まれらしい(軍にいたというから男性のようだが、昔のパンクにとって中性的で耽美な名前といえば「椿」だったのだろうか?)古い世代のパンク精神というのもなんだか筋金が入っている。「日本がこんなにこぎれいになったのはつい最近のことで、昔は死体なんぞはそこら中にいくらでも転がっていた」とおっしゃる。そこら中にあるのならば、屍に興味を持つ者がいて当然である。それでいて、死を抽象的な、哲学的・精神的側面からのみ語るのは良くて、具象としての死に興味を持つことがなんとなく不健全のように思われるのはなぜだろう。

これについて、私は常にあることを思い出す。私の祖母は食料でも何に関しても、非常に浪費的な使い方をする人であった。私も中学生くらいになると大人を批判するようになって「食べ物の乏しかった時代を知ってるんでしょ。そんなことして、もったいないと思わないわけ」などと言うと、この祖母が実にあっけらかんとして「ぜんぜん思わないね。だってその時はその時、今は今だもの」と答えるのだった。苦難を忘れるのはおそろしいほど簡単らしい。そして見たくないものにはあっさり蓋をしてしまうものらしい。人間の暗黒面にあえて焦点を当てるのは悪趣味かもしれないが、「ごめん、でもどうしても無視できないし」とでもいうような一種の純粋な気持ち、それが私は好きだ。

ちなみに私は以前バルザックの小説で、落城した城の一家が敵側との取り引きで、絞首刑から斬首刑に変えてもらうシーンを読んで何故だろうと思ったが、本書によるとやはり絞首刑と斬首刑ではたいへんな違いがあるらしい。首吊りはもともと重罪犯のための極刑で、汚れるし断末魔も長く、見せしめとして死後も放りっぱなしで鳥の餌にすることが多かったため、火刑の方がまだマシとされていたという(私は魔女裁判のイメージからなんとなく火あぶりが最悪の刑と思っていたのだが、こうなると火刑はせめてもの温情だったのか、という感も出てくる。火刑は準備の手間隙もけっこうかかるというが、言われてみれば確かに、キャンプファイヤーでソーセージをあぶるのとはわけが違う)。それにたいして斬首刑は貴族用とされ、遺体はきれいで、もしかして普通に墓に入ることもできたのかもしれない。

 ところで、斬首も本当に一瞬で済めばいいが、ガストン・ルルーの短編「ビロードの首飾りの女」に気になる言葉がある。女性がギロチンにかけられて重傷を負うものの、一命を取り留めるのだ。その理由は、ギロチン台がメンテナンス不足で刃の位置がずれていたのと、穴に首を深く差し込みすぎて肩の付け根に刃を受けたため、ということになっている。「こうしたアクシデントは初めてのことではなく、5回もやり直された死刑囚がいた」と書かれている(本当かどうかわからないが、著者は本場フランスの、元ジャーナリストだから、なんとなく説得力がある)。手動で首を落とすにもそれなりの技術が要るので、もし処刑人が下手だったら同様の災難が起こるわけだ。

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コメント

私も、実は子供の頃は怖い話が大好きで、怖がりなのに、怖い話の本を見つけると読まずにはいられませんでした。殆どは子供向けの本だったのですが、子供向けの怖い話やオカルト関係の本は、大人の作り話だったりトリック写真だったりすることが多いそうです。真面目に信じて、怖さのあまり、夜、眠れなくなったりしていた私は一体何だったのだろうと、今にしてみると思います(爆)。

それに比べると、この「闇の博物誌」は、本物の死体画像が載っていたり、一部著者の推測が含まれているとはいっても、本当の恐怖本のように思えます。それにしても、死体や生首の写真が載っている本を読めてしまうなんて、小宮さんはツワモノですね( ̄ー ̄)ニヤリ

山口椿という方について少し調べてみたのですが、この方、チェロをお弾きになられたようです。この「闇の博物誌」の目次も偶然見ることができたのですが、章に付けられたタイトルがクラシックの曲名を意識したものがあったりして、興味を引かれましたし、昔の恐怖話好きの癖が頭をもたげてきたような気がします。私にしてみれば、餌をばら撒かれたような気がするのですが、でも死体写真は怖いということで、読もうかどうしようか迷っています。恐怖本をいろいろ紹介して下さったので、嬉しいやら怖いやらで、大変なことになっています。ちなみに、ガストン・ルルーの「ビロードの首飾りの女」は電子書籍を見つけて、早速ダウンロードして読んでいます。怖いですが、こういう話って読みだすと止まらなくなりますね(・∀・)ニヤニヤ

投稿: Crinum asiaticum | 2009年2月 3日 (火) 17時48分

Crinum asiaticum 様

ご訪問&コメントありがとうございます(あと見るのが遅くなってごめんなさい)

山口椿はチェロ弾きだったのですか。本の中にもちらっと「音楽をやっていた」と書いてありますが、同時にジャンキーだったことや自殺未遂の体験も書かれていたので、勝手にロックかなにかと思っていたんですよね。へー、こんな人がいるならオーケストラも捨てたもんじゃないですね(?)目次はたしかに西洋古典音楽を意識してました。屍写真はそこだけ見たら一瞬びっくりするかもしれないけど、ただの衝撃狙いではなく、どれも風情があるものを著者なりに選んだようなところがあり、決して腹立たしい使い方ではないですよ。もしお手にとる機会があったらぜひ(^-^)

ガストン・ルルーは元祖ゴシック作家のひとりで、ご存知のとおり「オペラ座の怪人」の原作者です……オペラ座の怪人は愛の物語としてとらえる人もあるらしいのですが、私はあくまでも怪奇小説家として大好きです!「恐怖夜話」という短編集を持っているのですが、電子書籍でもダウンロードできちゃうんですね。

投稿: 小宮 | 2009年2月 9日 (月) 23時54分

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