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2009年3月 9日 (月)

供養のお時間

 J-GARDEN 行ってまいりました

 とりあえずこれで行ってみたかったイベントはひととおり参加したような感じです

 お世話になったみなさまどうもありがとうございましたm(_ _)m

それにしてもイベント後記って毎回同じような文章になってしまうんだな……

 

一応無料配布本とコピー誌持っていきました。でも予定してた小説の紹介などを付け加えている暇がなかったので短編だけ印刷してった。(というか、ここでいつも書いてるから飽きた。)

 というわけで今回は、最近みつけたこんな本です

私は勉強しようとか時流を知ろうとか、とにかくあえて気張るような読み方が嫌いなのだが、それでも、一種の義務感から本を選んでしまうことがある。題名が目に入って「あっ」と思うが、面倒なので「見なかったことにしよう」と通り過ぎようとする。ところがそこで、あたかも見えない手に襟首をひっつかまれたように、「おいこら、ちょっと待て。おまえが読まなくてどうすんだ」という心の声がする。……供養のお時間。(説明しにくいけど、こういうのを読むのってホラー映画撮る人が神社へお参りに行くような罪滅ぼし的な感覚)。

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「少年への性的虐待」

リチャード・B.ガードナー著 訳.宮地尚子他

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寝る前に読むと悪夢をみるほど、めくるめく近親相姦と性的虐待事例の数々。幼稚園や小学生の息子を襲いまくる父、母、兄、従兄、近所のオッサン、ベビーシッターなど。加害者のほとんどが、「表向きは真っ当な市民だが裏の顔を持っている」という人々である。誰も信じられなくなりそうだ。そんな虐待のトラウマから人間関係や社会生活に困難をきたし、精神科医を訪れた被害者たちのカウンセリング治療の過程を綴る。

 これは、誰にとってもまったく遠い話ではないと思う。被害者の成人後の様子について描写した部分を読んでいると「やだ、これってあたしが知ってるあの男の行動にそっくり」ということがある。普通に生活して見てきた中でも「ちょいとあんた、じぶんチのおふくろさんに2、3発夜這いされたんじゃないのかい」とでも言いたくなるほど異常性を持った男性は決して少なくないと感じる(しかしこんなことを面と向かって言ったら中傷や侮辱ととられかねないし、当人の口から虐待の事実を打ち明けられたことはないので、なんともいえない)。

被害者の中には、妻やガールフレンドの熱心な勧めによって精神治療を受けにきた者もいるとされている。そのあたりは詳しくは語られないが、彼女たちの努力と忍耐と長い道のりには思わず合掌。

 ところで「少年を標的にする男はゲイなのか」について書かれた章があるが、これは私も常々不思議に思っていた。他の章で、被害者が10歳前後で虐待が開始され、15歳くらいになって捨てられた(解放されたというべきか)、というケースが挙げられている。昔読んだ、なんの本だったか忘れたが、ロシアの人身売買組織の一員の証言(娼館に売りわたす少年を捕獲するさいのポイントは、金髪、色白、小柄でなるべく幼く見えること。声変わりしたり毛が生え始めたらお払い箱)にあった、その店の客筋とも通じるわけだ。

つまり加害者はどう考えても、大人の男同士で付き合うような、ビーチでマッチョとたわむれていそうなフツーの(?)ゲイと違う。かといって、少年が女性の代用品になりうるとは考えにくい――というか私の脳みそでは理解不能だ(たとえば、私がアンジェリーナ・ジョリーを好きだったとする。そこへ小学生くらいの男の子を連れてこられて、この少年をアンジェリーナ・ジョリーだと思ってセックスしろ、と言われても到底不可能である。もしできるとしたら、その子をなにかの代替物にしたということではなく、もともと子供を餌食にするような企みを持っていて、それを発動させた結果としか考えられない)。たぶん小児性愛者の中には、性別以前にまず「幼い」という点を重視し、第二の条件として性別に関する嗜好がある、というような者がいるんだろう。

 それはともあれ、とにかく丁寧で、最新の見解も取り上げた、かなりいい本だった。

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