« 「BOY IN THE BOX」 | トップページ | 「アンダーワールド ビギンズ」を観た »

2009年3月27日 (金)

消毒という名の儀式……

誰の著作だか忘れてしまったが、ギリシャ悲劇を読んでいたら、こんな場面があった。

 ある男(オレステスだったような気がする)が、復讐の女神の呪いを受け、妖怪のような恐ろしい姿をした3人の老婆に鞭でめった打ちにされる。このシーンが凄絶に、くわしく描写されている。その鞭は刃物のように鋭く、男はあまりの苦痛に悶絶して地面を転げまわり、肉は裂けて骨から垂れ下がり……などとある。

 この仕置き人の老婆たちは夜間しか活動しないので、日の出とともに立ち去る。そこへ男の身内の男女(主人公がオレステスだとすると、女はたぶん姉のエレクトラ)がやってきて、「彼の全身をきれいな水で丁寧に洗い、油を塗り、裂けた肉を布で縛った」とある。医者を呼ぶでもなく、消毒するでもなく、縫合するでもない。にもかかわらず彼は生き延び、呪いから解放されると、傷が塞がって回復したことになっている。

 これは極端な話だが、古代ギリシャ人がケガを「水で洗って油を塗り、傷口が開くようなら包帯する」という光景は、他の物語にも出てくる。こんなやり方で、剣がかすった程度の傷ならあっさり治ったように書かれている。神話の時代の出来事といったらそれまでなのだが、ファンタジーも歴史物も含めて、こういう話はいくらでもある。消毒薬もない状況で傷を負いながら、たくましく生きている。古代人は強くて、現代人はひよわになってしまったのだろうか? それともしょせん作り話なのだろうか。しかし、この本を読んだらまんざらありえなくもないという気がしてきた。

51nuiaawp1l_sl500_aa240_1_2「キズ・ヤケドは消毒してはいけない」夏井睦著

 これによると、ばい菌は水道で洗えば充分、水で押し流されていなくなる。また傷を乾燥させれば治るというのも嘘なんだという。

 前からハイドロコロイド素材バンドエイドの「キズパワーパッド」はたまに使っていて、説明書に水で洗えとあるからその通りにしていたが、細かい理屈は初めて知った。

私は新しい物好きだが、この考えはただめずらしいわけでもない。よく「お肌にはうるおいが大事」という。あらゆる美容関連記事がしつこいほど「保湿、保湿」と語り、「刺激はトラブルのもと」といい、敏感肌用化粧品の箱には「アルコール無添加」と書かれている。日頃こんなに大事にしているお肌なのに、傷に限ってはなぜか乾燥させるのが常識で、刺激たっぷりの消毒薬をかけてもいいことになっている。

このように、日頃からぼんやり感じていた矛盾や違和感が解消される。

もともと女は美容に関して、この嘘まみれの儲け主義の、新説も珍説も次々出てくる中で、自力で情報を選び取って生きているのである。自分で選んだやり方は自分の顔に返ってくる。だったらこの思想も、たとえこの先生がノーベル賞もなんにももらわなくても、自分がよさそうと思ったら実践する。

 しかしこれはけっこうスリリングな革命の書だ。常識が転覆するのは素敵だし、新しい時代の幕開けをこの目で見るのかと思うと胸がときめく。ただ、病院の保守的なシステムの中ではそう簡単に支持されないという。それでもいつか本当に、こんな治療法が世界の常識になったらどうしよう。この先つくられる映画から、アクションの合間に痛がる相棒を消毒するという、コミカルにもロマンチックにもなりえたあの場面がなくなって、生理食塩水なんかで洗うようになってしまうのだろうか。

|

« 「BOY IN THE BOX」 | トップページ | 「アンダーワールド ビギンズ」を観た »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/28889/28824134

この記事へのトラックバック一覧です: 消毒という名の儀式……:

« 「BOY IN THE BOX」 | トップページ | 「アンダーワールド ビギンズ」を観た »