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2009年7月19日 (日)

永遠の美しさについてのいくつかの考察

005 ある日の考え:

美しくありたいと思うことは、経済機構の奴隷と化すことへのレジスタンスである。なぜならそれは個を主張することであり、必然的に、均一化されたいつでも交換可能な労働力(または兵力)と見なされることへの拒否であるからだ。個性を追求し身を飾ることは、快適さや幸福を得る権利を無言のうちに主張する。

逆の見解。小宮の昔の小説からの抜粋:

宇宙人「おまえはキレイになったな(棒読み)」

地球人「はあ? 意味わかって言ってんの?」

宇宙人「もちろん知っている。それは体制に従順な者に対する賛辞だ。その言葉に値する者とは、上位者が定めたある一連の価値基準を満たし、自ら意図して逸脱することはない」

        *

 若さを保つこと:

 今までのところ、人が(外見的に)早く老けこむか、あるいはいつまでも若く見えるかを決定するのは、生まれつきの要因(つまり遺伝的な素質)プラス、生活環境(当人の努力、または階級・階層・経済的格差などもここに含む)である、というのが私の考えだった。

いまだ謎の多いもうひとつの分野……内面的(精神的)要因について。

最近気付いた事象:

実際の年齢に対して極端に若く見えるのは、むしろ要注意人物である。年相応の責務や社会活動、真剣に何かに取り組むとか他人の世話を引き受けているとかの、つまり本当に裏表なく発展的で良心的な人物は、そういつまでもピチピチ、ツヤツヤしてはいない。ヴァンパイアが年をとらないのは、人の生き血を吸っているからだということになっている。現実の人間でいえば、他人を犠牲にして楽をしているとか、逃げるのがうまい、怠慢とかいった、必ずしも好ましくない性質を隠し持っている場合がありうる。

補足:変人もしばしば年齢不詳である。

反証:生まれながらに強靭で、激務を経ても枯れない人間も稀にあるようだ。

メディアへの批判:美容家たちは「若々しく明るく可愛らしく元気に見えるメイク」などと言い、その目標そのものを疑わない。苦難をくぐりぬけてビターな味や枯れた魅力を増した中年女性の顔を表現する、新しい賛辞を考案すべきである。

          *

女性は恋や満ち足りた性生活や、または出産によって綺麗になるという説:

甘い嘘、幻想。あるいはブルジョアのたわごと。冷静に鏡を見れば、あるいはちょっとまわりを見回してみれば、しまりのない、うすらトボケたような顔になった満ち足りた恋人たち、出産前と比べてあきらかに容色の衰えた乳児の母……などはいくらも見つかる。ただし、きっかけとなった出来事以前の状態によっては真実となる。

実例。あるとき、職場にいた太りすぎの女性が、恋人と暮らし始めてから痩せて綺麗になった。その理由は、彼女がストレス解消と称してやっていた連日の飲み歩きを、倹約家の男が厳しく取り締まるようになったからということだった。

数ヵ月後。やはり性格が合わないと言い、彼を追い出して再び太った。

そのまた数ヵ月後。思い直して生活を改め、食事内容に気をつけてもう一度綺麗になった。禁酒を誓って彼を取り戻した(その後の消息不明、ただしこの時点では確かに前より良かった)

ある初老の女性の反論:「離婚や死別をきっかけにきれいになったり若返ったりする女性も多い」

抜粋(何の本だか忘れた):

アメリカで、年をとっても若くてきれいなのはどんな女性なのかを調べて職業別に分類したところ、最も老化の遅い職業とは、修道女だった。

 疑問。修道女なら恋人もなく、離婚もないはずだ。しょせん人生のドラマより、日々の地道な生活管理に軍配が上がってしまうのか。

                   *

心が容貌に影響を与えるという説に対する、経験に基づく懐疑:

私が本当にうら若かった頃、夜中にひとり部屋に座って、ある人の生皮を剥いで目玉を抉り出そうかという、暗い怒りと復讐心を燃やしてスプラッタな夢想にふけっていた。その最中にはっと振り向いて鏡を見た。するとそこに鬼か妖怪のような自分の顔があった、というなら筋が通る。しかし現実にそこに映っていたのは、あっさりした顔に目をキラキラさせた、むしろ普段より瑞々しいくらいの自分の顔なのだった。その、あまりにも内面と裏腹の、アッケラカンとした顔を見て我ながら驚き呆れ、「まったく外見とはアテにならないものだなあ」と思ったのだった。

ジュネ的補足:強いて言えば、私はその時うしろめたさを感じていなかった。だからそれは「憎いと思いつつそんな自分を恥じて苦悩している顔」ではなく、ただ単に「熱心に考え事をしている顔」でしかないことになる。

さらに補足:仮に10年や20年間ただひたすら同じ事を思い続ければ、外見に反映されるかもしれない。しかしそこまでの集中力は俗人にはない。

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