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2009年9月27日 (日)

「千の脚を持つ男」

私が15歳の時にみた印象的な夢があって、簡単に言うと、

倉庫のような建物の一階でパーティをやっている。15、6歳くらいの、髪をピンクオレンジに染めた女の子がパーティを抜け出し、建物の上の階の空き部屋に入って行く。部屋の中は真っ暗で、男が先に来て彼女を待っている。男の顔は不明だが、ソフトな甘い声は若者らしく、中背で髪は短い。何かを隠してためらっている様子の彼を、女の子が説き伏せる。二人が闇の中で抱き合っている。無我夢中だ。

突然、誰かが電気をつけてしまった。床に横たわる女の子と、若者の裸の背中が見える。次の瞬間、若者の脚が無数の触手に変わった。彼の上半身は自分の変化に気付かないかのように、あいかわらず情熱的に彼女を抱いている。女の子が絶叫している。怪物は彼女の両脚の腿から下を噛み千切ってむさぼり喰らう。このときには、彼は上も下も全体が無数の蛇の集合体のような、なんともいいがたい生き物に変わっている。女の子はパニックで、命からがら部屋から脱出し、這って逃げる。他のパーティ客たちも彼女に気付き、大騒ぎしながら救急車を呼んでいる。警察も来る。建物が封鎖された。

それまで幽霊のように女の子のそばで一部始終を見ていた私は、彼女を離れて上空に舞い上がり、夜の通り全体を見渡す。ところがあの若者はどこへ行ってしまったのか、もう夢主の私にもわからない。

 

 B級映画の観すぎと言われればそうかもしれないが、じゃあ具体的にどの映画の影響かというと、これといって似た怪物を見た記憶はない。自分では、この夢の怪物はもっと根源的な何かをはらんでいると思えた。ユングなら「普遍的無意識」と言うかもしれないし、フロイトなら「思春期の性的不安の表れ」とでも言うかもしれない。

 最近見つけたこの「千の脚を持つ男(フランク・ベルナップ・ロング著)」という小説に出てくる若者は、私が夢の中で見た怪物に最も近いものだった。どこが似ているかというと、触手が無数にあること、生贄の血を求める飢えた獣としての部分と、人間としての意識を両方持つこと。そして完全な人間の姿から、ときには上半身だけ人間、ときには全身が不定形の怪物、という三段階の変身をすること……

Photo  「千の脚を持つ男」中村融編、創元推理文庫

この怪物小説短編集は最近出版された本で、「千の脚を持つ男」については別の翻訳もあるそうだが、15歳以前に読んだ記憶がない。このフランクなんとかいう、1903年生まれの異国の作家の頭の中と、私の頭の中に、偶然似たような怪物像があったのだろうか。

 ただもちろん、ここに出てくる怪物男の人間性は、私のエログロ夢なんかよりずっとおもしろい。主人公アーサーはかつて神童と呼ばれた天才科学者だが、あるとき自分の論文を否定されて過去の人になってしまった。そこで、自説を証明して地位の回復をはかるため、細胞を変化させる機械とやらを作り出す。そして自らが実験台となり、自称「美しいクラゲ」に変身する。ところが変身したり元に戻ったりを繰り返すうち、だんだん自分の意思で人間に戻るのが難しくなってきて、半分人間で半分化け物のような、キメラのような存在になってゆく。

愛されるよりは恐れられたいと願い、「人間なんか大嫌いだ」と毒づくかと思えば「僕の存在を世界中に知らしめる」というアーサー。いったい人嫌いであることと、多くの人に知られたいという野望は矛盾しないのだろうか?(人は誰でもけっきょくは愛情を求めている、という考えは、だから楽観的すぎるのだ。愛以上のもの、つまり畏敬や崇拝まで求めるからこそ狂人というのではないのか)。ちなみにこの男、わざと力を見せつけたり、最後もせっかく海に隠れたのにいきなり船の前にあらわれたり、なにかと目立ちたがる性格が災いして人々に攻撃されることになる。

 というわけでこの表題作が一番印象的だったが、同じ短編集に収録されているアヴラム・デイヴィッドスンの「アパートの住人」も大好き。こちらは世間を騒がせる派手好きの「千の脚」とはうってかわって、スラム街の片隅に監禁されたひっそり系の怪物。これといって何をするわけでもないのだが、生活臭あふれる描写の中にいきなり登場する、超絶フリークとしての悪魔的な存在感がグサッとくる。けっきょく名前も誕生の由来もなにひとつわからず、ただ限りなく異様な外見と、にもかかわらず「この子はかわいい時だってある」と言い張る女の言葉だけが残る。ある意味で、怪物以上にこういう女こそが不思議なのかもしれないと思わせる、ダークでうら淋しい味わい。

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