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2010年1月 7日 (木)

謎の足音

091231_133301 ←猫の幽霊 (でもよく見ると足がある)

※これはお正月に、本当にあった出来事である。私は完全に目を覚ましていたし、甘酒一滴飲んでいなかったと誓える。といっても実際わけがわからないので、結論も何もない。

 私はさる公共施設のトイレの、洗面台の前に立っていた。トイレには、そのとき自分一人だった。私はハンドドライヤーを愛用しない(あれで完全に手が乾くことは少なく、一説によると機械自体が細菌の温床である)ので、いつもハンカチがいる。そのときも下を向いて、カバンに入れたはずのハンカチを探していた。

 後ろから足音がして、トイレに誰かが入ってきた。それは不思議な足音だった。体重のとても軽い、たとえば子供の靴音のようだが、歩幅や、落ち着いた足取りはたしかに大人のものだ。

続いて、はっきりした気配とともに、誰かが私の後ろを通った。私はあいかわらずカバンをいじっていて顔を上げなかったが、通りすぎる瞬間、後ろ髪がフワッとした。相手が肩で風を切ったのが私の後頭部に感じられたわけだから、このことからも、少なくとも私と同じくらいか、あるいはそれ以上の背丈の者ということになる。

 さて、女子トイレだから、入ってきた→洗面台のわきを通過した、となれば次は当然、個室のどれかに入るはずである。ところがいつまでたっても、個室のドアが閉まる音がしない。そこではじめて顔を上げて見回したが、誰もいない。奥の方までのぞいてみたが、どの個室もカラッポで、ドアが開いている。

 確かに今、誰かが入ってくる足音がして、後ろを通っていく気配があった。ところがそこにいるのはやはり私一人なのだ。これは一体どうしたことか。

a)目に見えない天使が通った(そして個室に入ったが、翼がかさばるのでドアを閉められなかった)

b)カメレオン仕様のエイリアンが通った(そいつは洗面台を使いたかったので、壁と同化してじっとしたまま、私が出て行くのを待っていた)

c)バレリーナが軽やかな爪先立ちのまま歩いてきて、ちょっと鏡を見て、私が顔を上げる前に立ち去った

 空白を嫌うという人の脳の習性により、わからないことには仮説を(たとえどんなにばかばかしいものであっても)、立てずにはいられない。しかしこんな現代建築の中にいて、すぐにホラーモードになるのはむしろ難しいことがおわかりいただけるだろうか。

ここでひとつ、霊を自らの敵対者、迫害者とみなす者たちから、目に見えない存在たちを擁護したい。不可解なことが起きた時、即座に「悪霊」「自分が害を受ける」という発想を浮かべるには、日頃からの刷込みによる暗示と、一種のマゾ的資質が必要ではないのか。

 ところで、相手の姿が見えなかったこと自体は、アレッ?という程度のことに過ぎない。不思議なのはやはり、足音の軽やかさと、気配から察せられた相手の大きさとのギャップだ。何かが私の感覚をあざむいたのだ。

 普通、無意識のうちに五感で集めた情報――近付いてくる相手の大きさ、年頃、性別――などは、たいてい裏切られない。たとえば、杖をついている二人の人間がいたとする。しかし部活で足を怪我した高校生が杖をついている時の、せっかちでもどかしげな足音は、80歳の人が杖をついて歩いている時の足音とはどれだけ違うことか。誰でも無意識の中でこのことを知っている。だからこそ矛盾する知覚情報(つまりギャップ)は違和感として認識され、深い印象を残すのだろう。

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