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2010年9月 4日 (土)

チャペリゾッドで夏休み

41e35rrda5l_sl500_aa300_1 「墓地に建つ館」 シェリダン・レ・ファニュ著 榊優子訳 河出書房新社

 私は今年の夏はアイルランドのチャペリゾッド村へ行ってまいりました(ただし頭の中で)、といっても過言ではないほど村に密着した長編小説。それもチャペリゾッドが最も華やかなりし頃といわれる250年前へ飛んで、当時の人たちの食事や娯楽や金銭問題、心の中まで覗き見つつ、美男美女から危ないヤツらまでそろったホットな村人たちとディープにお知り合いになれちゃいます。

 チャペリゾッドというのは初めて聞いたが、川あり森あり国立公園ありの美しい、閑静な村だという。本文中の記述によれば首都ダブリンまで馬の並足で一時間ほど、徒歩で行き来する者もいるくらいだから、当時としてもそれほど辺鄙ではなかったのだろう。

ところで私にとってレ・ファニュといえば、なんといっても名作「吸血鬼カーミラ」なのだ。この本もずっと怪奇小説と思っていて、犯人探しならぬ「ヴァンパイア探し」をしてしまい、中盤あたりで突然ミステリーだと気付いてしばし呆然である。この展開の遅さにはびっくりだ。とにかく前半は住人たちの生活や風物詩の紹介が多い――ただこのあたりをはしょらず丁寧にお付き合いして、頭の中に村のデータマップを作っておいてやると、後半で「あ、あのときのあの人がこうなったのね~」と楽しめるのだが――後日談も多いし、クライマックスも可能な限り引き伸ばされた感がある。犯人がわかって終わりどころか、逮捕場面はドキュメンタリーのごとく突入から連行までノーカットだし、裁判の様子から獄中生活まできっちり語られるのである。

逆に不思議になってくるが、現代小説の理想とされる「読者を最初の一行から素早く引き込み、決して飽きさせることなく、最後はスパッと終わる」という手法は何なのだろう。私自身は、とくに最後を長引かせずクライマックスの直後はただちに打ち切る、などというレイプか売春みたいなことを本に求めたことはない。クライマックス後もキャラクターたちのその後の生活に何ページでもお付き合いする用意があるのだが。しかしファニュは女性ではないし、とくに女性向けに書いたわけでもないだろう。時代の違いとしか説明できない。

さて物語は、ある老紳士が、親類の女性の残した手記などの資料をもとに、100年前のチャペリゾッドで起きた事件を語る、という設定になっている。この小説が書かれたのが1860年代だから、そのさらに100年前の1764年が事件の舞台だ。

ちなみにこの手記を残したことになっているレベッカ・チャッツワースは、個人的に一番気になる人物なのだ。

そもそもこのパソコンもコピー機もない時代に「すこぶるつきの詳細な日記」を残し、「さまざまな立場の人々にしたためた手紙にひとつ残らず写しをつくり、それぞれの封筒に赤インクで内容の要約を記していた」という冒頭のくだりを見ただけでも、筆マメで記憶力にも優れた知的な女性像がうかんでくる。

物語中でも期待を裏切らず、かなりの存在感を発揮する。「チャペリゾッドの事実上の最高権力者」ともいわれ、若い頃はいくつもの玉の輿をそでにしたという独身の中年。性格は口うるさく攻撃的、議論好きで、独自の価値観で手厳しく人を批判した、とある。

うらやましくて涙が出た。私も人からこんな性格だと言われたい。もし言われたらそれは、排除も抑圧もされずこれ以上ないほど自分らしく生きている証拠だから。彼女のような女性を許容し、敬意を払う文化的な度量の広さ、さらに言えば女性が個人資産を持つという西洋貴族の強み、なのだろうか。

彼女はボランティア熱心でもあり、「すべての女性が読み書きできるようにすべきだ」という信念のもと、ホームレス同然の人々を集めて給食無料の学習塾を開いている。また監獄を訪れて囚人を改心させたり、出所して行き場のない前科者を世話したりする(これは何かの伏線かとも思ったが、けっきょく事件には関係なかった)。階級格差がはっきりしていたこの時代、こうした行動は前衛的だったらしく、語り手さえ「一風変わった道楽」と冷淡だ。

そんなレベッカだが、決して地味で謹厳なだけの枯れた説教おばさんではない。登場ではこんなふうに紹介されている。

チャッツワース大将の妹のレベッカは上背があって姿勢がよく、豪華なレース飾りに張りのある見事なサテンをまとって、極上の扇を手にしていた。齢は間違いなくすでに55になっているはずながら、今なお実に瑞々しく、時折頬をほんのりと桜色に染める。目にはいたずらに感情に走らぬ強さが宿り、口元には精気が漲って、権高に喋りまくるきらいがあるとはいえ、いやでも惹きつけられてしまう人好きのする、一種魅力的ともいえる顔をしている。

と、黒柳徹子のようだ。普段着らしい場面でもたびたび「宝石のきらめく手を差し出し」とあり、舞踏会向けに着飾ったシーンでは年下の令嬢から「そんなに優美なウエストの持ち主はどこにもいない」と言われ「お世辞ではないのを承知していた」とゴキゲンだ。媚びない、夫の飾り物になるためでもない、ただひたすら自分の威厳のためだけのオシャレである。

これが本当の独身貴族というんだろう、と思っていたら、終わりの方で2年越しの片想いを実らせ、20歳年下の男と結婚した。しかも「どちらがより長生きしたかは謎」といわれるレベッカおばさま。

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