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2010年10月 2日 (土)

恋愛論

Photo これまた家の奥から出てきた古い本。

「恋愛論 上・下」スタンダール著 前川堅市訳 岩波文庫

18世紀の人々の不思議な生活が垣間見えておもしろい。恋愛論というより社会論のようでもある。「女子教育」という章では、教育の場における男女の不平等を指摘している。なかなか先駆的な人なのだが、自分の分野では保守的になるのか、女性が作家になることを否定している箇所もある。「家族を養い育てるために著作をする場合のみ、例外として女性が作家になることを認める……その場合、常に金銭上の利益からのみ自分の作品を語るべき」等と語った後

たとえば騎兵隊長に向かって「あなたはご職業柄1年に4千フランおとりになるそうですが、私は去年英語の翻訳を二つしまして、2人の息子の教育費に3千5百フランよけいに出せました」などというべきである。

というので笑ってしまった。

そんなところはよくわからないが、時代を越えて目から鱗な洞察もけっこうある。たとえば、

 フランスで娼婦がおかしなほどもてはやされるのは、虚栄心が原因だ。

 スタンダールは「祖国を愛するがゆえ」としながらも、フランス人を辛辣に書いている章もある。彼いわく「フランスは恋愛結婚が一番少ない国だ」。そして「パリで恋を見つけるには、教育の欠如と虚栄の欠乏と、真の貧困への闘いとが残されている階級まで降りて行かねばならない」のだそうである。

貧困層のことはわからないが、ブルジョワについて言えば、彼らの自尊心と虚栄心がハンパないのは本当だと思う。近代人の方がむしろ、その伝統を自省抜きで露骨に表す気がする。たとえばパトリス・ジュリアンはエッセイ集の中で、こんな体験談を披露している。彼はある女性を、彼女のSM趣味を知りながら誘った。彼女は一応相手にしてくれたが、あまり燃えなかったらしい。それはおそらくジュリアン氏に縄師の才能がないせいだから、そのまま「僕では不足だったらしい」と言えばいいのに、彼は「極端な行為でしか興奮できないなんて悲しい女性だ……」と、あくまでも上から目線である。こういう気取りがたぶんフランス男なのだ。

そう考えると、上流階級のフランス男でありながら情熱恋愛――これはフランス的価値観からいえばたぶん、オシャレでもスマートでもない、カッコ悪い恋愛ということである――を唱えたスタンダールは勇敢な異端児だったのかもしれない。この本は「口のうまいスカした野郎なんかより、オレの方こそ偉い」という逆襲の書であり、「不器用上等!」「片想いバンザイ!」という革命の書でもある。

スタンダールには悪いが、私は昔から片想いはするのもされるのも嫌いで、あまり綺麗なイメージは持っていない。10代の頃ワルぶって「あたしは手に入らないものに興味はないの」と言い放つと、頭のいい友人が即座に「あたしはそこまで利己的になりたくないな」と応酬して、そのウィットに感心した記憶もある。

それにしても、AはBが近くにいるだけで幸福で、ちょっと顔を見ただけで嬉しい。一方Bの方は、Aの存在に一片の喜びも見出せないし、Aのバカげた顔を見るだけでも腹が立つ。それが片想い、だとすれば、される側には何の楽しみもなく、している側だけがスリルや快楽を得るという、いわば泥棒みたいなものではないのか。もし一方的でないとしたら、される側も鉄面皮で「俺様に片想い?フフン、されてやってもいいぜ」という、相当に自己陶酔的な神経を持っている必要がある。

とはいえ、相手が素晴らしい人だから、自分ももっと成長しなければ、学ばなくては、鍛えてカッコよくなってセンスも磨いて……などと思っているうちは、まだ真っ当な片想いなのだろう。ただそんなふうに、人知れぬ恋を開花や変革への起爆剤にするだけのエネルギーがあるのは、多くの者にとってごく若いうちだけかもしれない、とも思うのだ。女は「いくつになっても素敵でいたい」などと野望はあるものの、だいたい面倒なことはいやなのだし、男も早々になまけて守りに入る。

向上心を失った片想いは安易な方へと流れ、相手にふさわしい人間へと自分を高めようとするのではなく、逆に相手を自分のレベルに引きずり下ろして考えることでつじつまを合わせようとしてしまう。真におぞましいのはそこなのだ。

ちょうど欲しいものがあって手持ちが足りないとき、目当ての品の美点はなるべく低く見積もり、欠点はめざとく見つけ出して値切り倒そうとするようなものである。そうなると同じ穴のムジナになって安心したいばっかりに、相手の弱みを握って喜んだり、好きなのに貶してセクハラ野郎と言われてしまったりするのだ。私は自分を引きずりおろそうとする視線を感じたことも多々あるし、逆に自分が心の中で誰かを引きずりおろす可能性にゾクリとすることもある。

 さて恋とはかくも厳しい教師なのだが、スタンダールは考えた末、「ひとりトキメキ」な境地に達してしまったらしい。突き抜けてしまったやつは強い。「恋焦がれる喜びも痛みも知らずに美女を抱いている男より、その美女を想って眠れずに過ごす男(つまりオレ)の方が幸福なのだ」というこの妙な優越感も、わかるのである。わかるのだが、当の美女にしてみれば「あんたはそうやって一人で盛り上がってて楽しいんだろうけど、それじゃあたし自身の幸福はどうなるのよ」とでも言うのではなかろうか。

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